人身傷害保険から保険金を受け取った後にも慰謝料請求できる?

交通事故の被害者の方の中には、交通事故で怪我をしてしまったものの、過失割合に争いがあるためにご自身で加入されている人身傷害保険を使って通院している、という方もいらっしゃると思います。

そこで、今回は、人身傷害保険を使用している場合に加害者の保険会社に対して慰謝料等を請求できないのか、事例を交えて説明していきます。

1.人身傷害保険、対人賠償保険とは

まず、ここで登場する保険の種類について説明しておきましょう。

対人賠償保険とは、交通事故で他人を死傷させた場合に、治療費や慰謝料等の賠償額について保険金が支払われる保険です。

例えば、被害者側の過失がない事故などでは、通院中の治療費を加害者加入の対人賠償保険が負担し(これを「一括対応」と言います。)、治療が終わった段階で慰謝料等を支払ってもらって示談するケースがほとんどです。

他方で人身傷害保険とは、交通事故によるご自身の治療費や慰謝料等の損害について補償を受けることのできる保険です。

例えば、自損事故など加害者が存在しない場合に使ったり、加害者が対人賠償保険に加入していない場合に使ったりすることが多いです。

加害者が対人賠償保険に加入している場合でも、被害者側の過失割合が大きい場合は、加害者加入の対人賠償保険が治療費の一括対応を拒むことがあります。

この場合も、被害者の方が人身傷害保険に加入していれば、人身傷害保険に治療費の一括対応をお願いすることが可能です。

2.人身傷害保険の支払額は約款で決められた額

ただし、人身傷害保険の慰謝料額の基準は、いわゆる裁判所・弁護士基準ではなく、あくまでも約款で決められた金額に留まります

したがって、人身傷害保険を受け取った後は、加害者側に対して裁判所・弁護士基準との差額が請求できることになります。

例えば、被害者側に過失は0だったものの、加害者が対人賠償保険に加入していないためにやむを得ず人身傷害保険を使った場合は、人身傷害保険から治療費や慰謝料を受け取った後、加害者に対し、受け取った人身傷害保険金と裁判所・弁護士基準の賠償額との差額を請求できます。

3.過失がある場合の注意点‐訴訟基準差額説

ただ、被害者側にも過失がある場合は差額の請求について1つ問題があります。

わかりやすく単純な事例で説明すると、

・裁判所・弁護士基準の治療費や慰謝料等の損害合計が100万円

・過失割合は5:5

・加害者加入の対人賠償保険が治療費一括対応を拒んだため、被害者は人身傷害保険を使用

・被害者は人身傷害保険から60万円を受け取ったのち、加害者加入の対人賠償保険に対して差額を請求した

という場合で考えてみます。

このとき、加害者加入の対人賠償保険会社は、

「うちからあなたに支払うことのできる金額上限は100万円の50%の50万円で、

今回あなたは50万円を超える60万円を人身傷害保険から受け取っているので、うちから追加で払えるものはありません。」

というような説明をして、支払いを免れようとします。

しかし、この説明は間違っています

少し難しい話になりますが、この問題は、人身傷害保険金を加害者と被害者どちらの過失分から先に充当するかという論点になります。

上記の対人賠償保険の主張は、人身傷害保険金は加害者の過失分から充当すべき、との主張です。

しかし、そもそも人身傷害保険は、被害者の過失が大きいようなケースでも、被害者が治療費や慰謝料の補償を受けられるようになるために加入する保険のはずです。

そうであれば、人身傷害保険金は、被害者側の過失分から充当されるべきです。

最高裁判所もそのように考えています(最高裁平成24年2月20日参照)。

このような考え方を、訴訟基準差額説と言います。

上記の例を判例である訴訟基準差額説で説明すると、被害者が受け取った人身傷害保険金60万円は、被害者の過失分50万円から充当されることになります。

そうすると、人身傷害保険金から加害者過失分(50万円)に充当される金額は、残りの10万円(人身傷害保険金60万円-被害者過失分50万円)ということになります。

したがって、被害者は50万円-10万円の40万円を加害者加入の対人賠償保険会社に対して請求することができ、人身傷害保険金と合わせると、損害額合計100万円の全額を受領することができます。

計算はややこしいのですが、誤解を恐れずにいうと、訴訟基準差額説では、「人身傷害保険金を受領した後に加害者加入の対人賠償保険に差額を請求した場合、多くのケースで人身傷害保険金と賠償金併せて損害額100%の補償を受けることができる」ということになります。

4.現場の視点

弊所でも、人身傷害保険金受領後に加害者の対人賠償保険に対して差額請求をするケースは多くあります。

ただ、対人賠償保険会社からは、「訴訟基準差額説は裁判にならないと採用できない」と言われるケースが非常に多いです(理屈は全く通っていません)。

言い換えると、「裁判にしなければお金を払うつもりはない」ということになるので、加害者側対人賠償保険会社がこのような主張に固執するのであれば、裁判を起こすことになります。

もっとも、対人賠償保険会社への請求は人身傷害保険金を受領した後の差額請求となり、請求額がそこまで大きくないケースも多いです。

そのような弁護士費用を支払うと費用倒れになってしまうようなケースにも対応できるようにするため、弁護士費用特約に加入されることが非常に有用と思われます。

また、被害者の方が人身傷害保険金を受領しているケースは、加害者側から治療費の支払いを拒否されているケース、もっと言えば「被害者側の過失の方が大きい」と言われているケースが多いです。

したがって、過失割合をどうするかということで争いがあることもあり、物損が未解決のままということもあります。

そのような場合は、裁判で過失割合を決め、物損も同時に解決することになります。

5.まとめ

今回は、人身傷害保険を使った後に加害者加入の対人賠償保険に対して賠償請求するケースについてご説明しました。

ご相談いただいた方から、他の弁護士に相談した際は訴訟基準差額説について説明がなかったと伺うこともあります。

少しマニアックな知識かもしれませんが、被害者の方の損害を少しでも回復するためには必要な知識だと考えています。

優誠法律事務所では交通事故のご相談は無料ですので、お気軽にご連絡ください。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

投稿者プロフィール

 栗田道匡 弁護士

2011年12月に弁護士登録後、都内大手法律事務所に勤務し、横浜支店長等を経て優誠法律事務所参画。
交通事故は予期できるものではなく、全く突然のものです。
突然トラブルに巻き込まれた方のお力になれるように、少しでもお役に立てるような記事を発信していきたいと思います。
■経歴
2008年3月 上智大学法学部卒業
2010年3月 上智大学法科大学院修了
2011年12月 弁護士登録、都内大手事務所勤務
2021年10月 優誠法律事務所に参画
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (共著、出版社:日本実業出版社)

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