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歩行中に自転車との交通事故に遭い、労災と個人賠償責任保険から補償を受けた事例~後遺障害12級~

2023-08-13

最近では、東京都など多くの都府県で自転車保険の加入が義務になっています。

しかし、現在でも保険に加入せずに自転車に乗っている人もいるようで、当事務所でも自転車との交通事故に遭い、相手が無保険で困っているというご相談をお受けすることもあります。

今回は、そのようなご相談の中から、労災で治療を受け、後遺障害等級12級が認定されたMさんのケースをご紹介します。

Mさんのケースでは、加害者の確認不足で、最終的には個人賠償責任保険が使えましたので、十分な補償を受けることができましたが、自転車事故の加害者が無保険の場合、労災や人身傷害保険、健康保険など、被害者側の保険を使わざるを得ない場合もありますので、被害者側で使用できる保険などについても解説します。

自転車による交通事故でお困りの方は、参考にしていただけますと幸いです。

1.ご相談内容~歩行中に自転車にはねられた事故~

今回のご依頼者のMさんは、朝会社に出勤するため、徒歩で自宅から最寄駅に向かっている際、横断歩道のない道路を横断中にセンターライン上を走行してきた自転車にはねられてしまいました。

Mさんが横断した場所から少し先の信号が赤だったため、信号待ちの自動車が連なって停止しており、Mさんは、止まっている自動車の間を通り、反対車線を走行してくる自動車に注意していたところ、加害者が赤信号待ちの自動車の列を追い抜くためにセンターライン上を自転車で走行してきて衝突してしまいました。

Mさんは、この事故で頚椎捻挫・腰椎捻挫・右膝打撲などの怪我を負いましたが、加害者に自転車保険に加入していないと言われ、Mさんが治療費を一旦立て替えることになっていました。

Mさんとしては、加害者がしっかり補償してくれるのか、治療や示談交渉をどのように進めて行けばいいのか、色々と不安を感じており、当事務所にご相談にいらっしゃいました。

2.被害者側で使える保険

ご相談をお受けした私たちは、相手が無保険ということでしたので、まずはMさんの加入している保険で何か使えるものがないか聞き取りをしました。

被害者側が利用できる保険については、以下のページでもご紹介しています。

⑴人身傷害保険

今回のMさんは加入していませんでしたが、人身傷害保険は、被害者が交通事故などで怪我をした場合に治療費や通院交通費、休業損害、慰謝料などが補償される保険です。

自動車保険などの特約で付いている場合が多く、保険会社との契約内容によっては、歩行中や自転車運転中に交通事故に遭ってしまった場合にも適用できます。

人身傷害保険が使用できる場合には、治療費や通院交通費を保険会社が支払ってくれ、仕事を休んだ場合の休業損害も補償してくれますから、安心して治療に専念できます。

そのため、交通事故に遭って加害者が無保険だった場合、まずは人身傷害保険に加入していないか確認することをお勧めします。

また、ご自身が契約している保険ではなくても、ご家族が加入している保険の人身傷害保険が使える場合もありますので、ご家族の保険も併せて確認してみてください。

ただ、人身傷害保険の加入があっても、保険契約の内容によっては、歩行中などの場合には適用にならない保険もありますので。ご加入の保険の内容をしっかりご確認ください。

⑵労災保険

交通事故が業務中や通勤中に発生した場合、労災保険を使用することができます。

労災保険は労働者のための保険で、労働者が業務中、通勤中に事故(交通事故に限りません)に遭って怪我をした場合、治療費や通院交通費などが補償されます。

また、仕事を休んだ場合には、給与額の6割の休業補償も支給されます。

労災保険が使える場合も、被害者側で治療費の心配をする必要がないという点がメリットといえます。

なお、労災保険については、別の記事でもメリット等についてご説明していますので、そちらもご覧ください。

⑶Mさんのケース

Mさんの場合、ご相談時にご自身のご加入の保険について伺ったところ、ご自身では自動車やバイクなどは所有しておらず、自動車保険には加入してしませんでした。

また、別居のお父様は自動車をお持ちでしたが、確認してもらったところMさんに適用できる人身傷害保険はありませんでした。

ただ、Mさんの交通事故は勤務先に向かう途中で発生していますので、通勤災害として労災保険が使用できました。

当初、Mさんは治療費を立て替えていましたが、すぐに勤務先に相談してもらい、労災申請を行って治療費は労災保険から出してもらうことができました。

これによって、Mさんは治療費の心配がなくなり、しっかり治療を受けることができました。

3.労災の後遺障害申請で12級が認定

交通事故で主治医が症状固定(これ以上の症状の改善が見込めない状態)の診断をするまで治療を続けても症状が残存してしまった場合、後遺障害申請をすることができます。

しかし、自転車事故の場合にはどうやって後遺障害等級を認めてもらうかという点が問題になりますので、以下で解説します。

⑴自転車事故の後遺障害申請方法

加害者が自動車の場合は、被害者に後遺症が残ったときには、加害者の自賠責保険に対して後遺障害申請をすることなります。

後遺障害申請を受けた自賠責保険は、損害保険料率算出機構(自賠責調査事務所)に後遺障害等級に該当するかどうかの調査を依頼し、その結果を受けて後遺障害等級が認定されます。

しかし、自転車の場合には、自賠責保険に加入していませんので、自動車事故のような後遺障害認定ができません。

そのため、加害者が自転車保険や個人賠償責任保険などに加入していた場合には、その保険会社内で自社認定という形で後遺障害等級を認定してもらうことになりますが、自社認定では適切な判断をしてもらえるか不安は残ります。

また、労災保険が適用できる場合には、労災保険に後遺障害申請をすることができます。

労災保険も、基本的には自賠責保険と同様の基準で後遺障害等級が認定されることになっていますので、業務災害や通勤災害で労災保険が使える場合には労災保険に後遺障害申請をするのがよいと思います。

⑵Mさんのケース

Mさんは、交通事故から約2年間治療を続けましたが、首から肩にかけての疼痛と眩暈の症状が残ってしまいました。

しかし、事故から2年後のタイミングで、主治医が症状固定の診断をしましたので、労災保険での治療は終了となりました。

Mさんとしては、2年も治療をさせてもらったので、もう残ってしまった症状については仕方ないとのお考えでしたが、後遺障害等級が認定される可能性があると判断できましたので、私たちがお手伝いして主治医に労災保険用の後遺障害診断書を作成してもらい、労災保険に後遺障害申請をしました。

その結果、首から肩にかけての疼痛で14級、眩暈で12級が認定され、併合12級の認定結果となりました。

そして、労災保険で後遺障害等級が認定されたことで、労災保険から障害一時金が支給されました。

4.個人賠償責任保険との示談交渉

⑴労災保険からの支払い以外に加害者に請求できるもの

これまでご紹介したとおり、Mさんの場合は、労災保険で症状固定まで治療を受け、症状固定後には12級の後遺障害等級が認定されて、障害一時金を受け取ることができました。

しかし、労災保険から支給されたのは、治療費・通院交通費・障害一時金のみで、労災保険からは慰謝料は補償されません。

また、労災保険の休業補償は6割ですので(特別支給金として2割が加算されます)、残りの4割は補償されません。

さらに、労災保険の後遺障害の障害一時金は、後遺障害逸失利益の一部に充当されますが、多くの場合は後遺障害逸失利益の金額には満たないため、逸失利益の差額も補償されていないことになります。

そのため、Mさんは、通院慰謝料や後遺障害慰謝料、休業損害の4割部分、障害一時金だけでは不足している後遺障害逸失利益の一部を加害者本人に請求することができました。

そこで、私たちは、これらのMさんの損害額を計算して加害者本人に約1000万円を支払うよう求めました。

⑵個人賠償責任保険と示談

私たちが損害賠償請求をしたところ、加害者がこの状況になって慌てて再度自身の加入している保険を確認したらしく、個人賠償責任保険が使えるとの連絡がありました。

この個人賠償責任保険には示談代行も付いていましたので、その後は保険会社の担当者との示談交渉になりました。

保険会社との示談交渉では、労災保険が認定した後遺障害12級はそのまま認められたものの、Mさんが横断歩道ではない場所から横断しているという過失があるとして、35%の過失相殺を主張されました。

しかし、加害者が自転車で、赤信号で停車している自動車の列をセンターライン側から追い抜いて走行するという危険な運転をしていることを考えると、35%もの過失相殺は妥当ではないと思われました。

そこで、私たちは保険会社との交渉を重ね、最終的には20%の過失相殺として、約800万円で示談が成立しました。

その結果、Mさんは、労災保険からの障害一時金なども合わせると、合計1000万円以上の補償を受けることができました。

5.まとめ

今回は、自転車事故の被害者のケースをご紹介しました。

今回のMさんは、結果的には十分な補償を得ることができましたが、ご相談にいらっしゃった際には、治療費の立替をしなければならず、本当に加害者が賠償に応じてくれるのかという大きな不安を抱えていました。

自動車事故の場合は、ほとんどの場合で任意保険会社が示談の窓口になり、治療費も直接医療機関に払うなどの対応(一括対応)をしてくれますが、自転車事故の場合には、今回のMさんのように加害者に保険に加入していないと言われたり、示談代行の保険がなく、加害者本人と交渉しなければならない場合などもあります。

被害者ご自身ではよく分からずに不安になることも多いと思いますので、まずは一度詳しい弁護士にご相談されることをお勧めします。

私たち優誠法律事務所では、交通事故に関するご相談は初回無料でお受けしておりますので、是非ご相談ください。

6.最後に・・・

自転車側の保険としては、自転車保険以外にも、今回のケースの加害者が加入していた個人賠償責任保険があります。個人賠償責任保険は、自動車保険や火災保険の特約として付帯することができます。また、クレジットカードに付帯されている保険でも個人賠償が含まれているものもあります。

そのため、他の保険でカバーできるのであれば、必ずしも自転車保険のみの保険に加入する必要はありませんが、自転車で交通事故を起こしてしまった場合に適用される保険が何もない場合、加害者本人が被害者の治療費や慰謝料などを負担しなければならないなどのリスクがあります。

今回ご紹介したMさんの事例では、もし加害者が個人賠償責任保険に入っていなければ、加害者本人がMさんに約800万円の賠償をする必要がありました。

さらに、Mさんが通勤中でなければ、労災保険も使えなかったため、その場合には1000万円以上をMさんに補償する必要がありました。

このように考えると、無保険で自転車を運転することには大きなリスクがあります。保険加入が義務化されていない地域の方も、自転車保険などに加入することを強くお勧めします。

投稿者プロフィール

 甘利禎康 弁護士

法律の問題は、一般の方にとって分かりにくいことも多いと思いますので、できる限り分かりやすい言葉でご説明することを心がけております。
長年交通事故案件に関わっており、多くの方からご依頼いただいてきましたので、その経験から皆様のお役に立つ情報を発信していきます。
■経歴
2005年3月 早稲田大学社会科学部卒業
2005年4月 信濃毎日新聞社入社
2009年3月 東北大学法科大学院修了
2010年12月 弁護士登録(ベリーベスト法律事務所にて勤務)
2021年3月 優誠法律事務所設立
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (出版社:日本実業出版社)

どのような場合に交通事故で労災保険を使うべきか?~労災のメリット~

2023-06-18

通勤中や業務中に交通事故に遭ってしまった場合、労災保険から治療費や休業損害、通院交通費などを受け取ることができます。

しかし、通常は加害者側の保険会社が治療費・休業損害などを補償してくれますので、労災保険を使う必要はないと考える被害者の方も多いと思います。

実際、当事務所にご依頼いただいた交通事故被害者の方のうち、労災保険を使っている方はさほど多くはありません。

ただ、意外と労災保険を使うことにメリットがある場合は多いです。

そこで、今回は、どのような場合に労災保険を使うべきか?・労災保険を使うメリットは何か?などについてご説明していきます。

1.交通事故で労災保険を使える場合

⑴業務災害

交通事故で労災保険を使える場面として、イメージしやすいのは業務中に交通事故に遭ってしまう「業務災害」ではないでしょうか。

例えば、タクシー運転手や外回りの営業職などの人が、仕事中に交通事故に遭った場合、業務災害に該当しますので、労災保険で治療を受けたり、休業の補償を受けることができます。

仕事で自動車やバイクを運転していた場合だけでなく、仕事中に自転車や徒歩で外出した際に交通事故に遭った場合でも業務災害に該当します。

⑵通勤災害

業務災害だけでなく、通勤中に交通事故に遭った場合も、「通勤災害」として労災保険を使うことができます。

通勤災害の場合も、自動車やバイクで通勤中に交通事故に遭った場合だけでなく、徒歩で通勤中に交通事故に遭った場合でも労災に該当します。また、仕事帰りに寄り道をするなどして通勤ルートを外れた場合などは、通勤中の交通事故として認定してもらえないこともありますが、通勤ルートから少し外れたくらいであれば通勤災害として認定してもらえることが多いという印象があります。

2.労災保険で補償されるもの

⑴治療費

業務中や通勤中に交通事故に遭った場合、労災保険を使うと、業務災害の場合は「療養補償給付」、通勤災害の場合は「療養給付」という言い方をしますが、いずれも治療費が支給されます。

そして、この治療費については、労災保険が認定した治療費の全額が支給されます。後で説明しますが、被害者側に過失がある場合や過失割合が大きい方(加害側)であっても全額支給されますので、過失のある人にとってはメリットがあります。

この治療費は、基本的に交通事故直後から症状固定(治癒)までの支給となりますので、症状固定を迎えると支給されなくなるという点は加害者側保険会社が治療費の対応をする場合と同じです。なお、当たり前ですが、労災から治療費が支給される場合、加害者側保険会社から治療費を二重取りすることはできません。

⑵休業補償(6割) 

交通事故によって仕事を休んでしまった場合、その休業による減収を補償してくれるのが労災保険の休業補償です。

しかし、労災保険の休業補償の場合、全額は支給されず、6割しか支給されません。

ただ、休業補償と併せて特別支給金という名目で2割分が支給されますので、結局8割を受け取ることができます。なお、休業補償についても、加害者側保険会社からの休業損害と二重取りはできませんが、特別支給金だけは二重取りが可能です。

そのため、加害者側保険会社から休業損害を100%もらっている被害者の方も、労災保険の申請をすれば、特別支給金は受け取ることができます(過失0%の交通事故であれば結果的に120%を受け取れます)。

また、加害者側保険会社から休業損害が支払われる場合は、有給休暇を取得した日についても有給休暇を買い取るような形で休業損害が支給されますが、労災は有給休暇を取得した分は補償されないという違いがあります。

⑶通院交通費

通院のための交通費も労災保険から支払われます。労災保険が交通事故による治療として認定した通院に対応する通院交通費が認められることになります。

また、これも当たり前ですが、通院交通費も加害者側保険会社からの支払いと二重取りはできません。

⑷障害給付

労災保険でも、交通事故の自賠責保険と同じように症状固定時に症状が残ってしまった場合には後遺障害(障害給付)の申請ができます。

そして、労災保険において審査が行われて障害等級が認定されると、障害等級に応じた障害一時金(7級以上は年金)の支払いを受けることができます。

ただ、この障害一時金は損益相殺の対象とされますので、加害者側保険会社からの後遺障害に関する支払いと二重取りはできません(自賠責保険と同時に労災保険に申請した場合などは支給調整が行われることがあります)。

なお、障害給付についても、特別支給金が支給されますが、この特別支給金については、加害者側保険会社からの後遺障害に関する支払いと関係なく受け取ることができます(二重取りが可能)。

3.労災保険を使うことにメリットがあるケース

⑴加害者が保険未加入の場合

交通事故の場合、通常、加害者が任意保険に入っていれば、加害者側保険会社が病院等に直接治療費を払ってくれます(これを「一括対応」といいます)。また、休業損害についても、休業損害証明書などの休業に関する資料を提出すれば、加害者側保険会社が払ってくれます。しかし、加害者が任意保険に入っていなかった場合、このような対応ができませんので、被害者側で治療費を立て替える必要があります。

加害者がすぐに立替分を払ってくれれば良いですが、しばらく立替が続くと被害者側の負担が大きくなってしまいます。そこで、業務災害や通勤災害の場合には、労災保険を使うと、労災保険から治療費や休業補償が支給されますので、治療費の立替などが不要になります(なお、休業補償については、労災から6割しか支給されませんので、残り4割を加害者本人に請求することは可能です。)。

そのため、加害者が任意保険に入っていないケースでは、労災保険を使うことのメリットが大きいと言えます。

⑵被害者側にも過失がある場合

例えば、信号待ちで停車中に後方から追突されたような交通事故であれば、0:100で被害者側に過失はありませんが、双方が走行中に発生した交通事故の場合などは、被害者側にも過失があるとされますので、加害者側保険会社からの賠償を受ける際に被害者側の過失割合の分が減額されます(これを「過失相殺」といいます)。

これは、治療費についても同じですので、加害者側保険会社が一括対応で直接治療先の医療機関に治療費を払ってくれた場合には、治療後の示談交渉の際に、支払い済の治療費について被害者側の過失割合分の精算を求められ、慰謝料からその分が控除されることになります。

この場合、労災保険を使うと、治療費は労災から払われますので、治療終了後の示談交渉の際に治療費の分について過失相殺されることがありません。

そのため、慰謝料から過失割合分の治療費を減額する必要がありません。また、労災保険側で、支払った治療費等について加害者側保険会社に負担を求める場合(これを「求償」といいます)もありますので、その際には加害者側保険会社が求償で支払った部分について過失相殺をされることもありますが、この場合でも通常の自由診療より労災適用の方が治療費が低額になりますので、過失相殺分も低額にすることができます。

また、こちらが被害者だと思っていても、相手方も被害主張をしている場合や、過失割合が50:50などの場合には、相手方保険会社が治療費の一括対応をしてくれませんので、その場合にも労災保険を使えば、治療費の心配がなく、治療に専念することができます。

⑶加害者側保険会社に治療費や休業損害を打ち切られた場合

交通事故の直後に加害者側保険会社が治療費を払ってくれていた場合でも、治療の途中で保険会社の判断によって一方的に治療費を打ち切ってくる場合があります。

担当医師もそれ以上の治療の必要性がないと判断している場合や、既に症状固定の診断をしている場合にはやむを得ませんが、担当医師がまだ治療が必要だと判断しているにもかかわらず、加害者側保険会社が一方的に治療費を打ち切った場合には、打切り後の治療費について労災保険に申請することができます。

また、同様に、休業損害についても、まだ治療中で休業が必要であるにもかかわらず、加害者側保険会社の判断によって途中で支給を打ち切る場合がありますが、この場合も打切り後の休業部分について労災保険に申請することができます。

これらの場合、労災保険としても、治療費や休業補償の必要性について審査しますので、申請すれば必ず労災保険が認定してくれるという訳ではありませんが、労災保険の認定を受けられれば、加害者側保険会社が打ち切った後の部分についても受給することができます。

⑷特別支給金を受給できる場合(休業損害・後遺障害)

交通事故によって被害者側に休業損害が発生している場合、基本的に加害者側保険会社が休業損害を支払ってくれます。

そのため、加害者側保険会社から休業損害を払ってもらえる場合には、労災保険を使う必要はないように思われます。

ただ、労災保険には特別支給金という制度があり、休業分の2割を受給することができます。

この特別支給金は、加害者側保険会社から休業損害を受け取っている場合でも二重取りできますので、加害者側保険会社から休損損害を受給した後で労災保険に申請すると、特別支給金のみを受け取ることができます。  

後遺障害(障害給付)についても、特別支給金を受給することができます。そのため、先に自賠責保険で後遺障害の認定を受けた場合でも、その後に労災保険に後遺障害の申請をすると特別支給金のみを受け取ることができます。

なお、必ずしも自賠責保険と労災保険が同じ後遺障害等級を認定するとは限らず、労災保険の方が高い等級を認定することもありますので、その場合は、自賠責の等級分が支給調整された上で障害給付の一部も受け取れることになります。

4.労災保険についてよくある質問

⑴会社に不利益があるか?

交通事故の治療などに労災保険を使うことで、勤務先の会社に迷惑をかけたくないと考える被害者も多いようで、労災保険を使用することで勤務先が不利益を受けることがありますか?という質問を受けることもあります。

まず、通勤災害については、基本的に労災保険を使っても勤務先会社が不利益を受けることはありません。

業務災害については、業種や事業所の規模によっては労災保険を使うことで勤務先会社の保険料が上がることがあります。

ただ、業務災害に遭った以上、労災保険を使うことは当然の権利ですし、そのための労災保険ですから、被害者の方があまり気にする必要はないように思います。

⑵会社が手続きしてくれない場合はどうすればいいか?

勤務先会社が労災保険の手続きをしてくれない場合、ご自分で労働基準監督署に申請することもできます。

その際、勤務先会社の押印などがなくても、労基が勤務先会社に押印等の必要な対応をするように指導してくれることも期待できますので、勤務先会社が労災の手続きをしてくれない場合には、一度労働基準監督署にご相談するとよいと思います。

5.まとめ

今回は、交通事故で労災保険を使うメリットについてご説明しました。

上でご紹介したように、加害者側保険会社が問題なく治療費や休業損害の支払いをしてくれている場合には、あまり労災保険を使う必要はないかもしれませんが、被害者側にも過失がある場合や何らかの理由で加害者側保険会社が対応してくれない場合などは、労災保険を使うことで治療費や休業補償の支払いを受けることができますので、メリットが高いといえます。

なお、無保険の自動車等との事故に遭ってしまってお困りの方は、こちらの記事もご覧ください。

また、休業損害や後遺障害がある場合には、特別支給金などのメリットもありますので、加害者側保険会社から支払いを受けた後に労災申請をすることをお勧めする場合もあります。

ただ、ご自身では労災を使うべきか判断できない被害者の方も多いと思いますので、労災を使うべきか悩んだら、交通事故に詳しい弁護士にご相談になるのがよいと思います。

私たち優誠法律事務所では、交通事故に関するご相談は初回無料でお受けしておりますので、是非ご相談ください。

投稿者プロフィール

 甘利禎康 弁護士

法律の問題は、一般の方にとって分かりにくいことも多いと思いますので、できる限り分かりやすい言葉でご説明することを心がけております。
長年交通事故案件に関わっており、多くの方からご依頼いただいてきましたので、その経験から皆様のお役に立つ情報を発信していきます。
■経歴
2005年3月 早稲田大学社会科学部卒業
2005年4月 信濃毎日新聞社入社
2009年3月 東北大学法科大学院修了
2010年12月 弁護士登録(ベリーベスト法律事務所にて勤務)
2021年3月 優誠法律事務所設立
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (出版社:日本実業出版社)

サイドミラー(ドアミラー)同士の接触事故で受傷前提の解決ができた事例

2023-02-11

交通事故のご相談を多数お受けしていると、サイドミラー(ドアミラー)同士の接触事故を扱うことがあります。

しかし、この交通事故類型では、怪我をしたという主張に対して、「サイドミラー同士が接触したに過ぎないのだから、それで怪我をする訳がない」と相手方保険会社から言われ、そもそも怪我をしたことが争われるとともに,交通事故と怪我との因果関係も争われることが多いです。

今回は、サイドミラー同士の接触事故であるにもかかわらず、訴訟において怪我との因果関係が存在することを前提とした解決ができた事例をご紹介しますので、皆様のご参考にしていただけますと幸いです。

1.サイドミラー同士の接触事故の特徴

そもそも、サイドミラー同士の接触事故の場合、どうして受傷の事実や怪我との因果関係が争われることが多いのでしょうか。

その理由は、サイドミラーの構造にあります。
道路運送車両の保安基準44条2項では、サイドミラーの構造に関して、「・・乗車人員、歩行者等に傷害を与えるおそれの少ないものとして、当該後写鏡による運転者の視野、乗車人員等の保護に係る性能等に関し告示で定める基準に適合するものでなければならない。」と定められ、道路運送車両の保安基準の細目を定める告示では、「衝撃緩和式後写鏡の技術基準」を満たさなければならない旨の定めがなされています。

そのため、仮にサイドミラーに衝撃が加わった場合でも、サイドミラーが衝撃を吸収し、車両本体には衝撃が及ばないと考えられることが多いのです。

したがって、相手方からは、車両本体に衝撃が及ばない以上、当該車両に乗車していた人が怪我をする訳がないという主張がなされます。

2.事例の紹介~サイドミラー同士の接触事故~

今回の依頼者Sさんは、Sさん車両を運転中、信号待ちにより停車していたところ、対向車線を走行していた相手車両が、前方から向かってきました。
その後、相手車両がすれ違う際に、相手車両のサイドミラーが、Sさん車両のサイドミラーに接触してしまいました。

この事故でSさんは頚椎捻挫や腰部挫傷等の怪我を負い、約10ヶ月通院しました。

しかしながら、相手方保険会社は、サイドミラー同士の接触事故であることを理由に、受傷の事実はないとして賠償義務を否定しました。

その後、相手方は、Sさんに対して、債務不存在確認訴訟を提起しました。
債務不存在確認訴訟とは、債務が存在しないことを裁判所に確認してもらうための訴訟です。
本件では、相手方は、Sさんに対する交通事故(不法行為)に基づく損害賠償債務が存在しないことを主張していました。

3.本件訴訟における争点

債務不存在確認訴訟では、Sさんの受傷の有無が争点となりました。

相手方代理人からは、仮にサイドミラーに強度の衝撃が加わった場合、サイドミラーから車体本体に衝撃が伝わるのではなく、サイドミラーが入力方向に沿って倒れるか脱落し、サイドミラーが衝撃を受け止める構造となっていることから、Sさんは受傷していないとの主張がなされました。

この主張に対し、以下の反論を行いました。

・一口に「サイドミラー同士の接触事故」と言っても、その態様は様々であること。

・当初、相手方保険会社は、Sさんが受傷したことを前提とする対応をしていたこと。

・衝突したSさん車両のサイドミラーは、Sさんが座っていた運転席側に付いていたこともあり、Sさんは接触時の凄まじい衝撃音を聞いて自身の身体が跳ね上がったこと。

・仮に賠償金目的の詐病であれば、Sさんにとって、相手方保険会社から受傷事実はないと言われた後も通院を継続するメリットはないこと。

また、文献や裁判例を証拠として提示した上で、以下の反論も行いました。

・低速度車両衝突等の軽微事故であっても、それに起因する頚椎捻挫及び腰椎捻挫等が十分発生しうること。

受傷機転が物理的な衝撃によるものではないと認定したサイドミラー同士接触の交通事故であっても、事故と傷害との間の相当因果関係を認めた裁判例が存在すること。

4.本件訴訟の結果

本件では、上記のような双方からの主張が一段落した後、裁判所が、こちらの主張を認め、本件事故によってSさんが受傷したことを前提とする和解案が提示されました。

そして、これはSさんとしても納得できる金額であったため、裁判所和解案の内容で訴訟上の和解が成立するに至りました。

5.まとめ

このように、サイドミラー同士の接触事故であるにもかかわらず、交通事故によって受傷したことを前提とする和解を成立させることができました。

サイドミラー同士の接触事故は、他の事故類型と比較して損害額は少ない傾向にありますが、争点や主張内容については奥深く難しいものです。

そのため、弁護士費用特約を利用することができ、弁護士費用の心配がない方の場合は、交通事故を専門とする弁護士に依頼するべきであるといえます。

私たちの優誠法律事務所では、全国から交通事故のご相談を多数お受けしておりますので、お気軽にご相談ください。

投稿者プロフィール

 市川雅人 弁護士

これまで一般民事事件や刑事事件を中心に、数多くの案件を担当して参りました。
これらの経験を踏まえ、難しい法律問題について、時には具体例を交えながら、分かりやすい内容の記事を掲載させていただきます。
■経歴
2009年3月 明治大学法学部法律学科卒業
2011年3月 東北大学法科大学院修了
2014年1月 弁護士登録(都内上場企業・都内法律事務所にて勤務) 
2018年3月 ベリーベスト法律事務所入所
2022年6月 優誠法律事務所参画
■著書・論文
LIBRA2016年6月号掲載 近時の労働判例「東京地裁平成27年6月2日判決(KPIソリューションズ事件)」

人身傷害保険から保険金を受け取った後にも慰謝料請求できる?

2023-02-08

交通事故の被害者の方の中には、交通事故で怪我をしてしまったものの、過失割合に争いがあるためにご自身で加入されている人身傷害保険を使って通院している、という方もいらっしゃると思います。

そこで、今回は、人身傷害保険を使用している場合に加害者の保険会社に対して慰謝料等を請求できないのか、事例を交えて説明していきます。

1.人身傷害保険、対人賠償保険とは

まず、ここで登場する保険の種類について説明しておきましょう。

対人賠償保険とは、交通事故で他人を死傷させた場合に、治療費や慰謝料等の賠償額について保険金が支払われる保険です。

例えば、被害者側の過失がない事故などでは、通院中の治療費を加害者加入の対人賠償保険が負担し(これを「一括対応」と言います。)、治療が終わった段階で慰謝料等を支払ってもらって示談するケースがほとんどです。

他方で人身傷害保険とは、交通事故によるご自身の治療費や慰謝料等の損害について補償を受けることのできる保険です。

例えば、自損事故など加害者が存在しない場合に使ったり、加害者が対人賠償保険に加入していない場合に使ったりすることが多いです。

加害者が対人賠償保険に加入している場合でも、被害者側の過失割合が大きい場合は、加害者加入の対人賠償保険が治療費の一括対応を拒むことがあります。

この場合も、被害者の方が人身傷害保険に加入していれば、人身傷害保険に治療費の一括対応をお願いすることが可能です。

2.人身傷害保険の支払額は約款で決められた額

ただし、人身傷害保険の慰謝料額の基準は、いわゆる裁判所・弁護士基準ではなく、あくまでも約款で決められた金額に留まります

したがって、人身傷害保険を受け取った後は、加害者側に対して裁判所・弁護士基準との差額が請求できることになります。

例えば、被害者側に過失は0だったものの、加害者が対人賠償保険に加入していないためにやむを得ず人身傷害保険を使った場合は、人身傷害保険から治療費や慰謝料を受け取った後、加害者に対し、受け取った人身傷害保険金と裁判所・弁護士基準の賠償額との差額を請求できます。

3.過失がある場合の注意点‐訴訟基準差額説

ただ、被害者側にも過失がある場合は差額の請求について1つ問題があります。

わかりやすく単純な事例で説明すると、

・裁判所・弁護士基準の治療費や慰謝料等の損害合計が100万円

・過失割合は5:5

・加害者加入の対人賠償保険が治療費一括対応を拒んだため、被害者は人身傷害保険を使用

・被害者は人身傷害保険から60万円を受け取ったのち、加害者加入の対人賠償保険に対して差額を請求した

という場合で考えてみます。

このとき、加害者加入の対人賠償保険会社は、

「うちからあなたに支払うことのできる金額上限は100万円の50%の50万円で、

今回あなたは50万円を超える60万円を人身傷害保険から受け取っているので、うちから追加で払えるものはありません。」

というような説明をして、支払いを免れようとします。

しかし、この説明は間違っています

少し難しい話になりますが、この問題は、人身傷害保険金を加害者と被害者どちらの過失分から先に充当するかという論点になります。

上記の対人賠償保険の主張は、人身傷害保険金は加害者の過失分から充当すべき、との主張です。

しかし、そもそも人身傷害保険は、被害者の過失が大きいようなケースでも、被害者が治療費や慰謝料の補償を受けられるようになるために加入する保険のはずです。

そうであれば、人身傷害保険金は、被害者側の過失分から充当されるべきです。

最高裁判所もそのように考えています(最高裁平成24年2月20日参照)。

このような考え方を、訴訟基準差額説と言います。

上記の例を判例である訴訟基準差額説で説明すると、被害者が受け取った人身傷害保険金60万円は、被害者の過失分50万円から充当されることになります。

そうすると、人身傷害保険金から加害者過失分(50万円)に充当される金額は、残りの10万円(人身傷害保険金60万円-被害者過失分50万円)ということになります。

したがって、被害者は50万円-10万円の40万円を加害者加入の対人賠償保険会社に対して請求することができ、人身傷害保険金と合わせると、損害額合計100万円の全額を受領することができます。

計算はややこしいのですが、誤解を恐れずにいうと、訴訟基準差額説では、「人身傷害保険金を受領した後に加害者加入の対人賠償保険に差額を請求した場合、多くのケースで人身傷害保険金と賠償金併せて損害額100%の補償を受けることができる」ということになります。

4.現場の視点

弊所でも、人身傷害保険金受領後に加害者の対人賠償保険に対して差額請求をするケースは多くあります。

ただ、対人賠償保険会社からは、「訴訟基準差額説は裁判にならないと採用できない」と言われるケースが非常に多いです(理屈は全く通っていません)。

言い換えると、「裁判にしなければお金を払うつもりはない」ということになるので、加害者側対人賠償保険会社がこのような主張に固執するのであれば、裁判を起こすことになります。

もっとも、対人賠償保険会社への請求は人身傷害保険金を受領した後の差額請求となり、請求額がそこまで大きくないケースも多いです。

そのような弁護士費用を支払うと費用倒れになってしまうようなケースにも対応できるようにするため、弁護士費用特約に加入されることが非常に有用と思われます。

また、被害者の方が人身傷害保険金を受領しているケースは、加害者側から治療費の支払いを拒否されているケース、もっと言えば「被害者側の過失の方が大きい」と言われているケースが多いです。

したがって、過失割合をどうするかということで争いがあることもあり、物損が未解決のままということもあります。

そのような場合は、裁判で過失割合を決め、物損も同時に解決することになります。

5.まとめ

今回は、人身傷害保険を使った後に加害者加入の対人賠償保険に対して賠償請求するケースについてご説明しました。

ご相談いただいた方から、他の弁護士に相談した際は訴訟基準差額説について説明がなかったと伺うこともあります。

少しマニアックな知識かもしれませんが、被害者の方の損害を少しでも回復するためには必要な知識だと考えています。

優誠法律事務所では交通事故のご相談は無料ですので、お気軽にご連絡ください。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

投稿者プロフィール

 栗田道匡 弁護士

2011年12月に弁護士登録後、都内大手法律事務所に勤務し、横浜支店長等を経て優誠法律事務所参画。
交通事故は予期できるものではなく、全く突然のものです。
突然トラブルに巻き込まれた方のお力になれるように、少しでもお役に立てるような記事を発信していきたいと思います。
■経歴
2008年3月 上智大学法学部卒業
2010年3月 上智大学法科大学院修了
2011年12月 弁護士登録、都内大手事務所勤務
2021年10月 優誠法律事務所に参画
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (共著、出版社:日本実業出版社)

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