最近では、東京都など多くの都府県で自転車保険の加入が義務になっています。
しかし、現在でも保険に加入せずに自転車に乗っている人もいるようで、当事務所でも自転車との交通事故に遭い、相手が無保険で困っているというご相談をお受けすることもあります。
今回は、そのようなご相談の中から、労災で治療を受け、後遺障害等級12級が認定されたMさんのケースをご紹介します。
Mさんのケースでは、加害者の確認不足で、最終的には個人賠償責任保険が使えましたので、十分な補償を受けることができましたが、自転車事故の加害者が無保険の場合、労災や人身傷害保険、健康保険など、被害者側の保険を使わざるを得ない場合もありますので、被害者側で使用できる保険などについても解説します。
自転車による交通事故でお困りの方は、参考にしていただけますと幸いです。
このページの目次
1.ご相談内容~歩行中に自転車にはねられた事故~
今回のご依頼者のMさんは、朝会社に出勤するため、徒歩で自宅から最寄駅に向かっている際、横断歩道のない道路を横断中にセンターライン上を走行してきた自転車にはねられてしまいました。
Mさんが横断した場所から少し先の信号が赤だったため、信号待ちの自動車が連なって停止しており、Mさんは、止まっている自動車の間を通り、反対車線を走行してくる自動車に注意していたところ、加害者が赤信号待ちの自動車の列を追い抜くためにセンターライン上を自転車で走行してきて衝突してしまいました。
Mさんは、この事故で頚椎捻挫・腰椎捻挫・右膝打撲などの怪我を負いましたが、加害者に自転車保険に加入していないと言われ、Mさんが治療費を一旦立て替えることになっていました。
Mさんとしては、加害者がしっかり補償してくれるのか、治療や示談交渉をどのように進めて行けばいいのか、色々と不安を感じており、当事務所にご相談にいらっしゃいました。
2.被害者側で使える保険
ご相談をお受けした私たちは、相手が無保険ということでしたので、まずはMさんの加入している保険で何か使えるものがないか聞き取りをしました。
被害者側が利用できる保険については、以下のページでもご紹介しています。
⑴人身傷害保険
今回のMさんは加入していませんでしたが、人身傷害保険は、被害者が交通事故などで怪我をした場合に治療費や通院交通費、休業損害、慰謝料などが補償される保険です。
自動車保険などの特約で付いている場合が多く、保険会社との契約内容によっては、歩行中や自転車運転中に交通事故に遭ってしまった場合にも適用できます。
人身傷害保険が使用できる場合には、治療費や通院交通費を保険会社が支払ってくれ、仕事を休んだ場合の休業損害も補償してくれますから、安心して治療に専念できます。
そのため、交通事故に遭って加害者が無保険だった場合、まずは人身傷害保険に加入していないか確認することをお勧めします。
また、ご自身が契約している保険ではなくても、ご家族が加入している保険の人身傷害保険が使える場合もありますので、ご家族の保険も併せて確認してみてください。
ただ、人身傷害保険の加入があっても、保険契約の内容によっては、歩行中などの場合には適用にならない保険もありますので。ご加入の保険の内容をしっかりご確認ください。
⑵労災保険
交通事故が業務中や通勤中に発生した場合、労災保険を使用することができます。
労災保険は労働者のための保険で、労働者が業務中、通勤中に事故(交通事故に限りません)に遭って怪我をした場合、治療費や通院交通費などが補償されます。
また、仕事を休んだ場合には、給与額の6割の休業補償も支給されます。
労災保険が使える場合も、被害者側で治療費の心配をする必要がないという点がメリットといえます。
なお、労災保険については、別の記事でもメリット等についてご説明していますので、そちらもご覧ください。
⑶Mさんのケース
Mさんの場合、ご相談時にご自身のご加入の保険について伺ったところ、ご自身では自動車やバイクなどは所有しておらず、自動車保険には加入してしませんでした。
また、別居のお父様は自動車をお持ちでしたが、確認してもらったところMさんに適用できる人身傷害保険はありませんでした。
ただ、Mさんの交通事故は勤務先に向かう途中で発生していますので、通勤災害として労災保険が使用できました。
当初、Mさんは治療費を立て替えていましたが、すぐに勤務先に相談してもらい、労災申請を行って治療費は労災保険から出してもらうことができました。
これによって、Mさんは治療費の心配がなくなり、しっかり治療を受けることができました。
3.労災の後遺障害申請で12級が認定
交通事故で主治医が症状固定(これ以上の症状の改善が見込めない状態)の診断をするまで治療を続けても症状が残存してしまった場合、後遺障害申請をすることができます。
しかし、自転車事故の場合にはどうやって後遺障害等級を認めてもらうかという点が問題になりますので、以下で解説します。
⑴自転車事故の後遺障害申請方法
加害者が自動車の場合は、被害者に後遺症が残ったときには、加害者の自賠責保険に対して後遺障害申請をすることなります。
後遺障害申請を受けた自賠責保険は、損害保険料率算出機構(自賠責調査事務所)に後遺障害等級に該当するかどうかの調査を依頼し、その結果を受けて後遺障害等級が認定されます。
しかし、自転車の場合には、自賠責保険に加入していませんので、自動車事故のような後遺障害認定ができません。
そのため、加害者が自転車保険や個人賠償責任保険などに加入していた場合には、その保険会社内で自社認定という形で後遺障害等級を認定してもらうことになりますが、自社認定では適切な判断をしてもらえるか不安は残ります。
また、労災保険が適用できる場合には、労災保険に後遺障害申請をすることができます。
労災保険も、基本的には自賠責保険と同様の基準で後遺障害等級が認定されることになっていますので、業務災害や通勤災害で労災保険が使える場合には労災保険に後遺障害申請をするのがよいと思います。
⑵Mさんのケース
Mさんは、交通事故から約2年間治療を続けましたが、首から肩にかけての疼痛と眩暈の症状が残ってしまいました。
しかし、事故から2年後のタイミングで、主治医が症状固定の診断をしましたので、労災保険での治療は終了となりました。
Mさんとしては、2年も治療をさせてもらったので、もう残ってしまった症状については仕方ないとのお考えでしたが、後遺障害等級が認定される可能性があると判断できましたので、私たちがお手伝いして主治医に労災保険用の後遺障害診断書を作成してもらい、労災保険に後遺障害申請をしました。
その結果、首から肩にかけての疼痛で14級、眩暈で12級が認定され、併合12級の認定結果となりました。
そして、労災保険で後遺障害等級が認定されたことで、労災保険から障害一時金が支給されました。
4.個人賠償責任保険との示談交渉
⑴労災保険からの支払い以外に加害者に請求できるもの
これまでご紹介したとおり、Mさんの場合は、労災保険で症状固定まで治療を受け、症状固定後には12級の後遺障害等級が認定されて、障害一時金を受け取ることができました。
しかし、労災保険から支給されたのは、治療費・通院交通費・障害一時金のみで、労災保険からは慰謝料は補償されません。
また、労災保険の休業補償は6割ですので(特別支給金として2割が加算されます)、残りの4割は補償されません。
さらに、労災保険の後遺障害の障害一時金は、後遺障害逸失利益の一部に充当されますが、多くの場合は後遺障害逸失利益の金額には満たないため、逸失利益の差額も補償されていないことになります。
そのため、Mさんは、通院慰謝料や後遺障害慰謝料、休業損害の4割部分、障害一時金だけでは不足している後遺障害逸失利益の一部を加害者本人に請求することができました。
そこで、私たちは、これらのMさんの損害額を計算して加害者本人に約1000万円を支払うよう求めました。
⑵個人賠償責任保険と示談
私たちが損害賠償請求をしたところ、加害者がこの状況になって慌てて再度自身の加入している保険を確認したらしく、個人賠償責任保険が使えるとの連絡がありました。
この個人賠償責任保険には示談代行も付いていましたので、その後は保険会社の担当者との示談交渉になりました。
保険会社との示談交渉では、労災保険が認定した後遺障害12級はそのまま認められたものの、Mさんが横断歩道ではない場所から横断しているという過失があるとして、35%の過失相殺を主張されました。
しかし、加害者が自転車で、赤信号で停車している自動車の列をセンターライン側から追い抜いて走行するという危険な運転をしていることを考えると、35%もの過失相殺は妥当ではないと思われました。
そこで、私たちは保険会社との交渉を重ね、最終的には20%の過失相殺として、約800万円で示談が成立しました。
その結果、Mさんは、労災保険からの障害一時金なども合わせると、合計1000万円以上の補償を受けることができました。
5.まとめ
今回は、自転車事故の被害者のケースをご紹介しました。
今回のMさんは、結果的には十分な補償を得ることができましたが、ご相談にいらっしゃった際には、治療費の立替をしなければならず、本当に加害者が賠償に応じてくれるのかという大きな不安を抱えていました。
自動車事故の場合は、ほとんどの場合で任意保険会社が示談の窓口になり、治療費も直接医療機関に払うなどの対応(一括対応)をしてくれますが、自転車事故の場合には、今回のMさんのように加害者に保険に加入していないと言われたり、示談代行の保険がなく、加害者本人と交渉しなければならない場合などもあります。
被害者ご自身ではよく分からずに不安になることも多いと思いますので、まずは一度詳しい弁護士にご相談されることをお勧めします。
私たち優誠法律事務所では、交通事故に関するご相談は初回無料でお受けしておりますので、是非ご相談ください。
6.最後に・・・
自転車側の保険としては、自転車保険以外にも、今回のケースの加害者が加入していた個人賠償責任保険があります。個人賠償責任保険は、自動車保険や火災保険の特約として付帯することができます。また、クレジットカードに付帯されている保険でも個人賠償が含まれているものもあります。
そのため、他の保険でカバーできるのであれば、必ずしも自転車保険のみの保険に加入する必要はありませんが、自転車で交通事故を起こしてしまった場合に適用される保険が何もない場合、加害者本人が被害者の治療費や慰謝料などを負担しなければならないなどのリスクがあります。
今回ご紹介したMさんの事例では、もし加害者が個人賠償責任保険に入っていなければ、加害者本人がMさんに約800万円の賠償をする必要がありました。
さらに、Mさんが通勤中でなければ、労災保険も使えなかったため、その場合には1000万円以上をMさんに補償する必要がありました。
このように考えると、無保険で自転車を運転することには大きなリスクがあります。保険加入が義務化されていない地域の方も、自転車保険などに加入することを強くお勧めします。
投稿者プロフィール
法律の問題は、一般の方にとって分かりにくいことも多いと思いますので、できる限り分かりやすい言葉でご説明することを心がけております。
長年交通事故案件に関わっており、多くの方からご依頼いただいてきましたので、その経験から皆様のお役に立つ情報を発信していきます。
■経歴
2005年3月 早稲田大学社会科学部卒業
2005年4月 信濃毎日新聞社入社
2009年3月 東北大学法科大学院修了
2010年12月 弁護士登録(ベリーベスト法律事務所にて勤務)
2021年3月 優誠法律事務所設立
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (出版社:日本実業出版社)