交通事故の休業損害を徹底解説|計算方法・請求のポイントを弁護士が詳しく説明

交通事故に遭うと、ケガの治療費や慰謝料のほかに、「仕事を休んだ期間の収入減少」も損害として認められます。

これを「休業損害」といい、会社員・自営業者・家事従事者など、被害者の職業や所得状況に応じて請求額の算定方法が異なります。

一方で、実際の保険会社との示談交渉では、「本当に休業損害が発生したのか」、「どの程度の期間認められるのか」が争点となるケースが多くあります。

特に、家庭内で家事を行っている方(主婦・主夫)は、「収入がないのに損害賠償が請求できるのか?」と疑問に思われるかもしれません。

しかし、裁判所は家事労働にも経済的価値があると明確に認めています。

ただ、給与所得者や自営業者の休業損害は比較的理解しやすいものの、家庭内で家事に従事する方(主婦・主夫など、以下「家事従事者」)の休業損害、通称「主婦休損」は、その算定や認定を巡って保険会社との間で争いになりやすい論点の一つです。

家事労働は、家庭生活を維持するための重要な労働であり、裁判実務ではその経済的価値が認められ、休業損害の対象となります。

本稿では、この家事に関する休業損害について、裁判所の判断基準や最新の裁判例を交えて詳細に解説します。

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1.家事休業損害の基礎知識

家事従事者(主婦・主夫など)が収入を得ていない場合でも、家事労働には経済的価値があると認められます。

家事を外部業者に委託すれば一定の費用が発生するため、裁判所はこれを「財産上の利益」=補償対象となる損害と評価しています。

かつては「専業主婦は収入がないから休業損害は発生しない」とされていた時代もありましたが、現在の実務では男女を問わず家事従事者の休業損害が認められるのが一般的です。

これは、家庭内での家事労働が家族全体の生活を支える重要な役割を果たしていると認められているためです。

そのため、家事従事者であっても、交通事故によるケガや治療期間中に家事ができなかった場合には、実際に経済的損害が発生したものと見なされ、損害賠償請求が可能です。

ただし、自分一人のために家事を行っている単身者などは、法的には「家事従事者」に該当せず、休業損害の対象外となります。

2.休業損害の計算方法と基準

休業損害の金額は、次の計算式によって算出されます。

 ・基礎収入(日額) × 休業日数

これは、交通事故によって仕事を休まざるを得なかった期間の「収入減少分」を賠償金として請求するための基本式です。

給与所得者の場合:事故前の給与額を基準に計算します(別途、賞与減額分も請求可能)。

自営業者の場合:確定申告書や前年所得をもとに算出します。

家事従事者の場合:賃金センサス(厚生労働省の統計)に基づく平均賃金を参考に計算します。

このように、被害者の職業や所得状況によって「基礎収入」や「算定基準」が異なります。

そのため、請求時には勤務先の休業損害証明書や確定申告書など、客観的な資料をそろえて立証することが重要です。

また、保険会社は「休業日数の考え方」や「支給金額」に対して独自の基準や考えで提示してくることもあるため、弁護士を通じて適正な金額を算定することで、より正確な補償を受け取ることができます。

3. 家事休業損害の算定方法

専業の家事従事者については、家事労働の対価として収入を得ているわけではないため、原則として、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査(賃金センサス)」における「女性・学歴計・全年齢(女性労働者の全年齢平均賃金)」が基礎収入となります

兼業の家事従事者についても,実収入額が女性労働者の全年齢平均賃金を下回るときには,原則として女性労働者の全年齢平均賃金が基礎収入となります。

家事従事者の基礎収入は、厚生労働省の「賃金センサス(女性全年齢平均賃金)」が原則です。

令和6年の平均年収は419万4400円(日額約1万1460円)となっており、これを基準に算定します。

家事の支障の程度や治療期間によっては、全日休業とみなされることもあれば、30%・50%など部分的に認められる場合もあります。

【算定式の一例】 

419万4400円 ÷ 365日 × 休業日数 × 休業割合 = 休業損害額

実際には、治療・通院・後遺障害の有無などを考慮し、弁護士が個別に計算・証明していく必要があります。

給与所得者の休業損害は、事故前の収入に基づく基礎収入(日額)×休業日数として算定されます。

しかしながら、家事休業損害については、家事の支障の程度に応じて、給与所得者の休業損害でいうところの「休業日数」を認定している裁判例が散見されます。

また、担当する家事の内容、その支障の程度、治療経緯は個々の事案によって異なっており、これら個々の実状を踏まえて、裁判所は家事休業損害の金額を認定していることが窺われます。

大まかには、①治療期間全体について平均的に一定割合の休業割合を認定する例②休業期間を区切って、各期間の割合を認定する例③実通院日数を基準として休業日数を認定する例に分類できるかと思います。

以下では、それぞれの裁判例について紹介いたします。

実際に裁判所が家事従事者の休業損害をどのように認定したか、3つの最新裁判例を紹介します。 

判決では、治療期間・通院日数・休業割合などの事情をどのように考慮したかが明確に示されています。

これらのケースを比較することで、裁判所がどのような基準で「休業損害額」を算定しているか、その判断傾向を具体的に理解することができます。

4.治療期間全体について平均的に一定割合の休業割合を認定した例(①)

ここでは、京都地裁令和4年1月20日判決を紹介します。

原告の主張は、次のとおりです。

「基礎収入は、家事従事者として平成25年賃金センサス女性全年齢平均賃金353万9300円によるべきであり、日額は9600円となる。全期間の計算式は以下のとおりである。
9600円×180日+7500円×180日+5000円×180日+3500円×197日=466万7500円
実通院日数での計算式は以下のとおりである。
9600円×390日=374万4000円以上を踏まえると、原告の休業損害は400万円を下らない。」

被告の主張は、次のとおりです。

「基礎収入を仮に日額9600円とする場合でも、原告の休業損害は、実通院日数12日間程度であり、労働能力喪失率は40%を超えないから、合計4万6080円(9600円×通院日数12日×0.4)となる。」

裁判所は、次のとおり判断しました。

「証拠・・によれば、原告は、本件事故前、夫と2人暮らしで家事に従事しながら飲食店でパート勤務をしていたことが認められるから、基礎収入(年収)は平成25年賃金センサス女性全年齢平均賃金353万9300円(日額9697円、端数は四捨五入。以下同様)と認めるのが相当である。労働能力喪失率、同喪失期間については、前記1(2)認定の原告の症状経過に加え、前記3(2)認定のとおり、症状固定日である平成28年4月25日時点において、概ね日常生活は可能であるが時々支障が生じる状態であったことからすると、本件事故日から上記症状固定日までの間家事に一定の支障が生じていたといえ、その喪失率は当該全期間を通じて25%と認めるのが相当である。

計算式

9697円×734日×0.25=177万9400円」

5.休業期間を区切って、期間ごとの割合を認定した例(②)

ここでは、神戸地裁令和3年3月8日判決を紹介いたします。

原告の主張は、次のとおりです。

「原告は、本件事故当時、夫と二人暮らしで、H株式会社姫路支店(以下「勤務先」という。)に事務職員として勤務しつつ、すべての家事を担当する兼業主婦であった。原告は、本件事故後、頚部や両肩、腰部、両膝等の全身に疼痛やしびれの症状が現れ、また、人目につく顔面部のけがのため、やむなく勤務先を休業し、自宅での静養に努めた。そのため、平成26年9月末までの間、夫に食事や買い物等の家事を代行してもらい、それ以降は夫の手助けを借りつつ、可能な家事を徐々に行うようにしていた。したがって、原告は、本件事故後、段階的に家事を休業しており、その内容は、別紙「休業損害金計算表(兼業主婦)」記載のとおりである。

この点、被告は、原告が妊娠・出産により休業していた可能性がある旨主張する(後記(被告の主張)ア(イ))。しかし、原告は、本件事故時には同年10月末での退職が決まっていたため、同年11月以降は専業主婦として稼働していたから、原告の妊娠、出産が勤務先の休業に影響を与えたことはない。」

被告の主張は、次のとおりです。

「否認ないし争う。医学的にみて休業が必要なのは、受傷後1週間程度である。原告は、平成26年9月11日から同月22日まで休業しているが、その後仕事に復帰しており、これはまさに医学的な休業の必要性がなくなったためである。したがって、同月22日までは休業の必要性が認められるが、それ以降については休業の必要性は認められない。

また、原告は、交通事故とは相当因果関係のない妊娠及び悪阻等による休業損害を交通事故によるものとして請求している可能性がある。すなわち、妊娠や出産が主婦業の労働能力を低下させないことはないし、また、仮に、長期間の休業損害が認められたとしても、原告が妊娠・出産のために入通院したのであれば、本件事故との因果関係がないことは明らかである。」

裁判所は、次のとおり判断しました。

「証拠(甲14、15、22、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、勤務先において事務職員として勤務し、また、自宅では夫と二人暮らしであり、家庭においては家事を担当するいわゆる兼業主婦であったこと、本件事故前年である平成25年の原告の所得は309万7000円であったこと、原告は、平成26年9月11日から同月22日は有給休暇を取得して勤務先を休業したこと、少なくとも同月末までは頚部痛などのために家事労働に支障が出ていたこと、原告は、本件事故の時点で、勤務先を退職することになっており、同年11月以降は専業主婦の状況にあったことの各事実が認められる。これに、前記2で認定説示した原告の受傷内容、治療経過や自覚症状を考慮すれば、原告は、本件事故日から症状固定日である平成28年1月6日までの484日間のうち、本件事故日及び有給休暇を取得していた平成26年9月11日から同月22日までの12日間の合計13日間は100パーセント、その他の471日間については平均して30パーセント休業したものと認めるのが相当である。なお、原告は、上記期間の間、妊娠および出産を経ているが(甲22、原告本人)、これにより家事に影響が全くなかったか否かは明らかではないものの、これまで認定説示した原告の受傷内容等からすれば、上記認定説示に係る休業は、本件事故との因果関係を欠くものではないというべきである。

そうすると、平成25年賃金センサス・女子・全年齢平均は353万9300円であり、これを兼業主婦の基礎収入と見るのが相当であるから、休業損害は、149万6092円となる。

(計算式) 353万9300円÷365日≒9696円、9696円/日×13日×100%=12万6048円、9696円/日×471日×30%≒137万0044円、12万6048円+137万0044円=149万6092円」

6.実通院日数を基準として休業日数を認定した例(③)

ここでは、東京地裁令和4年2月28日判決を紹介いたします。

原告の主張は、次のとおりです。

「原告X2は、原告X1と同居し、家事従業者であるから、基礎収入は平成29年の賃金センサスである377万8200円を365日で日割りした1万0351円とする。休業期間は、実通院日数の165日として算定した。」

被告の主張は、次のとおりです。

「休業損害は争う。通院日に家事労働に差し障りがあったとしても、全期間全日、家事労働が提供できなかったとはいえない。」

裁判所は、次のとおり認定しました。

「証拠(括弧内に記載したもののほか、甲56)及び弁論の全趣旨によれば、原告X2は、本件事故当時、△△区役所の◇◇課に非常勤職員特別職として勤務していたが、平成29年3月末に退職し(甲48)、平成28年度の給与は197万7300円であったこと(甲47)、原告X2は、原告X1、2人の子、原告X2の両親と同居し、家事を担っていたことが認められる。以上によれば、原告X2は、本件事故当時、家事労働に従事しつつ、△△区役所に非常勤職員としても勤務していたところ、△△区役所からの収入は賃金センサスには及ばないが、家事労働の内容を加味すれば、賃金センサスと同程度の収入があったといえる。よって、基礎収入は、賃金センサスの377万8200円とするのが相当である。休業割合は、原告X2の本件事故による傷害の内容が家事労働に及ぼす影響を踏まえると、実通院日数の5割とするのが相当である。

よって、原告X2の休業損害は、以下の式により算定する。

377万8200円÷365×165×0.5=85万3976円」

7.保険会社との示談で注意すべきポイント

実務上、保険会社から提示される休業損害の金額は、実際よりも低く見積もられるケースが多くあります。 

たとえば、「実通院日数分しか支払わない」「家事従事者は対象外」といった主張を受けることもありますが、裁判所ではこうした考え方が必ずしも認められるわけではありません。

また、示談書に署名・押印してしまうと、原則としてその内容が最終合意となり、後から金額を追加請求できなくなります。 

そのため、加害者側の保険会社から提示を受けた段階で、安易に合意せず、弁護士に相談して金額の妥当性を確認することが重要です。

適正な支払いを受け取るためには、医師の診断書・通院記録・勤務先の証明書などを整え、家事労働に支障があった期間や程度を明確に立証することが大切です。

8.弁護士に依頼するメリットと示談金アップの可能性

保険会社との示談交渉や損害額の算定は、専門的な知識と経験が求められます。 

弁護士が介入することで、次のような点を一括してサポートできます。

– 正確な基礎収入・算定期間の証明 

– 保険会社との示談交渉 

– 後遺障害の認定手続き 

– 必要書類(診断書・通院記録・勤務先証明など)の整備支援 

実際、弁護士を通じて休業損害を請求した場合、**賠償金額が数十万円〜数百万円増額したケース**もあります。 

交通事故の損害賠償は、計算方法や立証手続きが複雑なため、早期に弁護士へ依頼することで、より適正な補償を受け取れる可能性が高まります。

特に、家事従事者の休業損害は「見えにくい損害」であるため、法的な専門知識をもつ弁護士によるサポートが有効です。

9.まとめ:交通事故の休業損害は専門家に相談を

家事従事者の休業損害は、収入の有無にかかわらず認められる可能性があります。 

家事労働は「財産上の利益」として法律上も保護されており、事故によって家事ができなくなった場合には、損害賠償の対象となります。

ただし、実際の示談交渉や賠償請求では、保険会社から提示される金額が適正でないケースも少なくありません。 

適正な補償を受け取るためには、確定申告書・勤務先の休業損害証明書・診断書などの資料をそろえ、専門の弁護士による立証サポートを受けることが最も確実です。

保険会社との示談を進める前に、まずは無料相談などを利用して、休業損害の金額や支払い基準が妥当かどうかを確認しておきましょう。 

早期に弁護士へ依頼することで、より高い補償を受け取れる可能性があります。

優誠法律事務所では交通事故被害者のご相談を無料で承っております。

全国対応ですので、お気軽にご相談ください。

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投稿者プロフィール

 市川雅人 弁護士

これまで一般民事事件や刑事事件を中心に、数多くの案件を担当して参りました。
これらの経験を踏まえ、難しい法律問題について、時には具体例を交えながら、分かりやすい内容の記事を掲載させていただきます。
■経歴
2009年3月 明治大学法学部法律学科卒業
2011年3月 東北大学法科大学院修了
2014年1月 弁護士登録(都内上場企業・都内法律事務所にて勤務) 
2018年3月 ベリーベスト法律事務所
2022年6月 優誠法律事務所参画
■著書・論文
LIBRA2016年6月号掲載 近時の労働判例「東京地裁平成27年6月2日判決(KPIソリューションズ事件)」

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