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12級や14級の後遺障害等級において通常より高い労働能力喪失率が認められた裁判例
今回は、12級や14級の後遺障害等級において通常(12級の労働能力喪失率14%、14級の労働能力喪失率5%)より高い労働能力喪失率が認められた裁判例をご紹介します。
後遺障害等級が認定された場合、通常は後遺障害による逸失利益を相手方に請求していくことになります。
ただ、その算定方法については、同じく後遺障害等級が認定された場合に請求する後遺障害慰謝料と比較すると、やや難解なところがあります。
そのため、今回はまず、後遺障害による逸失利益の算定方法について説明します。
この説明をご覧いただければ、労働能力喪失率というものが、後遺障害による逸失利益の算定方法の中でどのように位置付けられているかが分かるかと思います。
その上で、冒頭に記載したとおり、12級や14級の後遺障害等級において通常より高い労働能力喪失率が認められた裁判例をご紹介します。
交通事故被害者の方の中には、12級や14級の後遺障害等級が認定されたものの、これらの等級の通常の労働能力喪失率以上に労働能力が失われてしまっているという方もいらっしゃいますので、ご参考にしていただけますと幸いです。
【関連記事】
・神経症状の後遺障害(12級13号・14級9号)の逸失利益~労働能力喪失期間の相場~
1.後遺障害による逸失利益の算定方法
後遺障害による逸失利益の算定方法については、次のとおり「民事交通事故訴訟賠償額算定基準」(通称「赤い本」)に計算式が記載されています。
①有職者または就労可能者
基礎収入額×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
②18歳未満(症状固定時)の未就労者
基礎収入額×労働能力喪失率×(67歳までのライプニッツ係数-18歳に達するまでのライプニッツ係数)
例えば、症状固定時の年齢が50歳で年収500万円の会社員の男性が傷害を負い、その後遺障害により労働能力が14%低下した場合の後遺障害逸失利益は、次の計算式になります。
500万円×0.14×13.1661=921万6270円
このように、基本的には、
第1に後遺障害がなければどれだけ所得があったか(基礎収入額)
第2にこれが後遺障害によってどのくらい減少したか(労働能力喪失率)
第3にその影響がどの程度継続するか(労働能力喪失期間)
を順次判断していくことになります。
2.労働能力喪失率とは
労働能力喪失率とは、労働能力の低下の程度をいいます。
基本的には、労働省労働基準局長通牒(昭和32年7月2日基発551号)別表による、次の労働能力喪失率表記載の喪失率を認定基準として採用することが多いといえます。
等級 | 1級 | 2級 | 3級 | 4級 | 5級 | 6級 | 7級 |
喪失率 | 100% | 100% | 100% | 92% | 79% | 67% | 56% |
等級 | 8級 | 9級 | 10級 | 11級 | 12級 | 13級 | 14級 |
喪失率 | 45% | 35% | 27% | 20% | 14% | 9% | 5% |
もっとも、労働能力喪失率表は極めて概括的であり、工場労働者を対象に作成されたものである上、労災の補償日数をベースにしたものであって科学的根拠も乏しいものです。
また、後遺障害の部位・内容・程度が同じであっても、被害者の職業、年齢、性別等によって労働に対する影響の程度も異なります。
そのため、上記の表はあくまで参考資料にとどまり、労働能力喪失率は、被害者の年齢・職業、後遺障害の部位、程度、事故前後の稼働状況等を総合的に判断して具体的にあてはめて評価すべきであると考えられています。
3.裁判例の紹介~14級において通常より高い労働能力喪失率が認定~
⑴ はじめに
上の労働能力喪失率表によりますと、14級の後遺障害等級における労働能力喪失率は5%です。
しかしながら、以下に抜粋した裁判例では、様々な事情を総合的に判断して、5%よりも高い労働能力喪失率を認定しています。
⑵ 甲府地方裁判所 平成17年10月12日判決
本件事故は、眼科医である被害者(原告)が自動車で病院に通勤していたところ、相手方の運転する自動車に追突されたことで発生したものです。
本件事故により原告には頚椎捻挫ないし外傷性頚部症候群の傷害が生じ、後遺障害として頚部痛、後頭部痛、眼精疲労、眼科医として手術をしようとする際の左手の振戦(ふるえ)などの症状が残り、14級の後遺障害等級が認定されました。
この裁判の判決では、労働能力喪失率については、次のとおり判示し、12%の労働能力喪失率を認めました。
「原告は現在も頚部痛、後頭部痛、眼精疲労を感じており、眼科医として手術をしようとすると左手の振戦が現れる。本件事故前は、原告は眼科医として数多くの手術をこなしていたが、本件事故後はこの左手の振戦により手術ができなくなった。そのため原告は手術をあきらめ研究職の眼科医に転向せざるをえなくなった。・・自賠責等級第14級の後遺症の労働能力喪失率は5%とされている。しかし、上記のような原告の症状、職業、職場環境を考慮すると、原告の場合、5%にとどまらない労働能力が失われているといえる。すなわち、従来、原告が高額の収入を得ることができたのは、手術のできる眼科医だったためである。しかし、本件事故後、後遺症である左手の振戦のために手術ができなくなり、この前提が崩れたため、平成11年当時と同様の収入が得られる保証はなくなった。平成17年5~8月の収入をみると、現実にかなりの収入の減少が生じていることが認められる。そこで、これらの事情を総合的に勘案し、さらに、原告の主張もふまえ、原告の労働能力喪失率は12%とする。」
⑶ 大阪地方裁判所 平成8年1月12日判決
本件事故は、型枠大工である被害者(原告)が自動車に同乗していたところ、相手方の運転する自動車に衝突されたことで発生したものです。
本件事故により原告には頚部損傷、左膝内障、腰部打撲の傷害が生じ、後遺障害として左膝に一定の運動可能領域の制限が存在し、左膝の引っ掛かり感をもっていること、長時間の歩行に困難をきたしている等の症状が残り、14級の後遺障害等級が認定されました。
この裁判の判決では、労働能力喪失率については次のとおり判示し、10%の労働能力喪失率を認めました。
「原告の後遺障害の程度は、等級表14級7号に該当するものであり、労災及び自賠責実務上その労働能力喪失割合は5%と取り扱われていることは当裁判所に顕著である。しかしながら、型枠大工の作業は膝の屈曲を多く伴なうものであって、右の障害があった場合、その作業能率の低下が5%にとどまるとは思えないこと、L病院においてもしゃがみこみの姿勢は半月板に負担をかけるのでこの動作を行わないように指導していること(証拠略)、しかも原告には生来の難聴という障害があり(証拠略)他に職を求めることが比較的困難であることを考え併せると、その労働能力喪失率は10%とみるべきである。」
4.裁判例の紹介~12級において通常より高い労働能力喪失率が認定~
⑴ はじめに
上記の労働能力喪失率表によりますと、12級の後遺障害等級における労働能力喪失率は14%です。
しかしながら、以下に抜粋した裁判例では、様々な事情を総合的に判断して、14%よりも高い労働能力喪失率を認定しています。
⑵ 東京地方裁判所 平成6年9月27日判決
本件事故は、タクシー運転手である被害者(原告)が自動車を運転していたところ、一時停止することなく交差点に進入した相手車両に左側面を衝突されたことで発生したものです。
原告は本件事故により右膝内側側副靭帯断裂、右膝内側半月板損傷、頚椎捻挫等の傷害を受け、後遺障害として①右膝関節に可動制限はないものの、正座や胡座は疼痛のため、短時間しかできない、②右膝内側側副靱帯部及び内側関節間隔に圧痛があり、長時間立っていたり、物を持って歩くと膝内側に圧痛がある、③頸部前屈時に左頸附根部に疼痛や圧痛があり、また、左母指、示指の末節にしびれ、知覚麻痺があるという症状が残り、12級が認定されました。
この裁判の判決では、労働能力喪失率については次のとおり判示し、25%の労働能力喪失率を認めました。
「原告は、本件事故のため、右膝関節に12級の後遺障害を残したが、同関節障害のためアクセルを踏み込む動作に支障を来たし、長時間の運転ができず、また、重量のある物の運搬に重大な支障を来たしている。このため、タクシー運転手としての業務遂行は不可能となったが、甲15、19、原告本人によれば、本件事故がなければ、64歳まではC会社の正勤の乗務員として、65歳からは嘱託の乗務員として正勤の乗務員と同一の給与のベースで、それぞれタクシーの運転手の業務を継続することができたことが認められる。そして、現在はC会社で車庫の管理の仕事を行い、月給22、3万円の賃金を得るに止まること、原告がタクシー運転手としての業務を継続するとしても、歩合給の率が高い右業務の賃金体系に照らせば、加齢とともに収入が減ることが予想されることを斟酌すると、平成元年度の給与を基礎とすれば本件事故により労働能力が25%喪失したものと認めるのが相当である。」
⑶ 仙台地方裁判所平成13年6月22日判決
本件事故は、理容店兼美容院を経営する被害者(原告)が自動2輪車を運転していたところ、後方から同一方向に進行してきた相手車両に追突されたことで発生したものです。
原告は本件事故により左腎損傷、頸椎捻挫、肋骨骨折、右小趾基節骨骨折、胸椎・腰椎捻挫、左肩・臀部・腹部・左膝打撲、急性胃炎等の傷害を受け、左腕神経損傷の後遺障害が残り、12級が認定されました。
この裁判の判決では、労働能力喪失率については次のとおり判示し、35%の労働能力喪失率を認めました。
「・・原告は、前記受傷により、左腕神経損傷の後遺障害が残存し、左腕の肩から指先にかけてのしびれ、左肩関節痛の自覚症状を有し、左上肢の皮膚温低下、感覚鈍麻、筋力低下、巧緻性の低下が認められること、理容師及び美容師の作業は、両手、指先の動きの巧緻さを要し、原告は、同後遺障害のため、作業中にはさみで自己の指を傷つける等理容師及び美容師としての技術を十分に駆使し得ない状態となったことの事実が認められる。そうすると、原告は、本件後遺障害により、少なくとも理容師及び美容師としての労働能力の35%を喪失したものと認めるのが相当である。」
5.まとめ
既に解説したとおり、労働能力喪失率については、労働能力喪失率表記載の喪失率を認定基準として採用することが多いです。
そのため、14級については5%、12級については14%が認定されることが多数です。
もっとも、今回紹介した裁判例においては、後遺障害の程度・部位と、被害者の職業に対する具体的な影響の程度を詳細に認定した上で、労働能力喪失率表記載の喪失率を上回る認定をしています。
これは裏返して言うと、労働能力喪失率表記載の喪失率を上回る主張をする被害者は、労働能力喪失の実態について適切な立証をしなければならないということです。
一般の方が、これらの立証をすることは難しいですから、労働能力喪失率表記載の喪失率を上回る主張をされたい場合には、交通事故を専門とする弁護士に相談するべきであるといえます。
私たちの優誠法律事務所では、交通事故のご相談は無料です。
全国からご相談いただいておりますので、お気軽にご相談ください。
投稿者プロフィール
これまで一般民事事件や刑事事件を中心に、数多くの案件を担当して参りました。
これらの経験を踏まえ、難しい法律問題について、時には具体例を交えながら、分かりやすい内容の記事を掲載させていただきます。
■経歴
2009年3月 明治大学法学部法律学科卒業
2011年3月 東北大学法科大学院修了
2014年1月 弁護士登録(都内上場企業・都内法律事務所にて勤務)
2018年3月 ベリーベスト法律事務所入所
2022年6月 優誠法律事務所参画
■著書・論文
LIBRA2016年6月号掲載 近時の労働判例「東京地裁平成27年6月2日判決(KPIソリューションズ事件)」
整骨院・接骨院で治療すると後遺障害等級が認定されないって本当?
交通事故で首(頚椎捻挫等)や腰(腰椎捻挫等)を負傷した被害者の中には、整骨院・接骨院での治療を希望して、主に整骨院・接骨院に通院される方もいらっしゃいます。
交通事故の治療で整骨院・接骨院に通院すること自体は何も問題はありませんが、インターネットなどで様々な情報をご覧になって、治療が一区切りとなる「症状固定」となった時点でも痛みなどの症状(後遺症)が残存してしまった場合に、整骨院・接骨院で治療していると自賠責に後遺障害申請をしても、後遺障害等級が認定されないのではないか?とご不安になる方も多いようで、当事務所でも時々そのようなご相談をお受けすることがあります。
結論から申し上げますと、整骨院・接骨院で治療したから後遺障害が認定されないということはありません。
主に整骨院・接骨院で治療した交通事故被害者の方でも、後遺障害等級(主に神経症状の14級9号)が認定される可能性はあります。
そこで、今回は、主に整骨院・接骨院で治療をしていた交通事故被害者が後遺障害申請をした場合に後遺障害等級が認定されるか?という点について、最近の当事務所のご依頼者様の具体的事例を基にご説明します。
同様のお悩みをお持ちの方のご参考にしていただけますと幸いです。
1.整骨院・接骨院での治療について
⑴ 整骨院・接骨院での治療を希望する理由
交通事故に遭った被害者の方が、主に首(頚椎捻挫等)や腰(腰椎捻挫等)の怪我をされた場合、整骨院・接骨院での治療を希望されるケースは珍しくありません。
整骨院・接骨院の先生(柔道整復師)は医師ではありませんので、基本的には整形外科の医師の下で治療をすることが望ましいですが、整形外科は診察やリハビリに長い時間がかかってしまうとか、診察時間が短いなどの理由で、通院しにくいと感じる方は多いようです。
特に仕事をしている方の場合、仕事を休んだり、遅刻・早退をしないと整形外科の診察時間中に通院できないとの理由で、遅い時間まで診療している整骨院・接骨院での治療を希望するということはよくあります。
また、診察時間には問題がなくても、整骨院・接骨院でのリハビリの方が長い時間施術をしてもらえるとの理由で、整形外科でのリハビリよりも効果を感じるということで整骨院・接骨院での治療を希望される方もいらっしゃいます。
⑵ 整骨院・接骨院での治療の可否
まず、整骨院・接骨院で治療をするためには、原則として医師の了承が必要です。
特に、骨折部位については、医師の許可がなければ、柔道整復師が施術をすることはできません。
骨折部位以外についても、整形外科の医師が整骨院・接骨院での治療を認めない場合、保険会社が整骨院・接骨院の治療費を払ってくれないことが多いため、やはり医師の了承を得てから整骨院・接骨院を受診するべきです。
そのため、交通事故被害者が整骨院・接骨院での治療を希望する場合でも、まずは整形外科を受診して医師に診断してもらい、整骨院・接骨院での治療について相談する必要があります。
なお、整骨院・接骨院での治療は認めないという医師もいます。
当事務所のご相談者・ご依頼者の事例で、保険会社に医師の了承を得たと嘘をついて整骨院に通ってしまい、後で示談の際に整骨院の治療費を慰謝料から減額すると主張されたケースや、相談せずに整骨院を受診したことに怒った医師が診断書に不利な記載をしたケースなどもありました。
医師の了承を得られない場合、無理に整骨院・接骨院に通うと、このように後々トラブルになる可能性が高いので注意が必要です。
⑶ 整骨院・接骨院で治療する際の注意点
主に整骨院・接骨院に通院する場合、整形外科を全く受診しなくなってしまう方もいるようですが、整形外科にも定期的に通院して医師の診察を受けることが重要です。
整骨院・接骨院の先生は医師ではありませんので、診断書を作成することはできません。
そのため、治療後に後遺障害が残存してしまって後遺障害申請したいという場合、後遺障害診断書は整形外科の医師に作成してもらう必要があります。
しかし、定期的に受診していない患者については、医師が、様子(症状経過や治療内容)が分からないなどの理由で診断書を書いてくれないというケースも珍しくありません。
また、最近は、裁判で整骨院・接骨院の施術費について厳しい判断が出る傾向もあります。
治療終了後に保険会社と示談できずに裁判までもつれる事例は稀ですが、万が一、裁判になった場合、整形外科を定期的に受診していないと、治療の必要性が認められない可能性が高まります。
このような事情から、最近では、整骨院・接骨院でも整形外科を定期的に受診するように促すことも多いようですが、当事務所でも月に数回は整形外科も受診するようお勧めしています。
2.後遺障害申請の方法
交通事故後、一定期間の治療を続けても症状が改善せず、これ以上の改善が見込めない状態となることを「症状固定」と言います。
医師が、症状固定の診断をした時点で残存してしまった症状については、「後遺障害」として評価されることになり、自賠責保険に後遺障害申請をすると、後遺障害等級に該当するか否か、該当する場合には1級から14級のどの後遺障害等級に該当するかが判断(認定)されます。
後遺障害の申請をする場合には、まず、医師に後遺障害診断書を作成してもらう必要があります。
また、後遺障害申請は、加害者側任意保険会社に任せる「事前認定」と、被害者側で申請する「被害者請求」の2つの方法がありますが、基本的には被害者請求で申請することをお勧めしています。
後遺障害申請については、別の記事でも解説していますので、こちらもご覧ください(後遺障害認定と弁護士に依頼するメリット)
3.Wさんの事例~初回申請で頚椎捻挫14級9号~
それでは、ここから具体例をご紹介します。
一人目の依頼者・福岡県在住のWさんは、友人の運転する自動車の助手席に乗って、道路の反対側のレストランに入るために一時停止して対向車の通過を待っていた際、先方不注視の後方車両に追突されてしまい、首の怪我を負いました。
最初に整形外科を受診して、頚椎捻挫の診断を受け、リハビリに通うように指示されましたが、お仕事の関係で、整形外科の診察時間に受診できる日が限られることから、勤務先近くの整骨院での治療を希望しました。
その後、整形外科にも定期的に通院しつつ、整骨院で治療を続けましたが、事故から約7ヶ月半後に加害者側保険会社から治療費を打ち切られてしまい、当事務所にご相談にいらっしゃいました。
Wさんは、この時点でもまだ首の痛みなどの症状が残存しているとのことでしたので、後遺障害申請からご依頼いただくことになりました。
そして、主治医に後遺障害診断書を作成してもらい、被害者請求で後遺障害申請をしたところ、14級9号の認定を受けることができました。
Wさんの通院期間や通院回数は以下のとおりです。
・通院期間:227日(7ヶ月と17日)
・整形外科への通院回数:38回(週1回くらいの頻度)
・整骨院への通院回数:93回(週3回くらいの頻度)
4.Yさんの事例~異議申立てで併合14級~
二人目の依頼者・香川県在住のYさんは、ご自身が自動車を運転して、信号のない十字路を直進した際、左側の道から遅れて交差点に進入してきた車に衝突されてしまい、首と腰の怪我を負いました。
Yさんは、事故直後に総合病院に救急搬送されて、頚椎捻挫・腰椎捻挫の診断を受けました。
その後は、別の整形外科に転院しましたが、病院までが遠く、その整形外科がいつも混んでいて1回の受診にかなり時間がかかるため、ご自宅の最寄りの整骨院でのリハビリを希望されました。
その後、整形外科にも月に数回は通院しつつ、主に整骨院で治療を続けました。
しかし、まだ症状が残っていた事故から約半年の時点で、加害者側保険会社から治療費を打ち切られてしまいました。
そして、事前認定で後遺障害の申請をしましたが、非該当という結果になり、後遺障害等級は認定されません。
Yさんとしては、特に腰の症状が辛く、非該当という結果に納得できず、当事務所にご相談いただきましたので、後遺障害の異議申立てからご依頼いただくことになりました。
ご依頼後は、当事務所で主治医に医療照会を行うなどして、異議申立ての材料を準備し、被害者請求で異議申立てを行いました。
そうしたところ、Yさんの主張が認められ、首(頚椎捻挫)と腰(腰椎捻挫)でそれぞれ14級9号の認定(併合14級)を受けることができました。
Yさんの通院期間や通院回数は以下のとおりです。
・通院期間:178日(約6ヶ月)
・整形外科への通院回数:12回(月2回くらいの頻度)
・整骨院への通院回数:78回(週3~4回くらいの頻度)
5.まとめ
今回は、主に整骨院で治療をした交通事故被害者の方で、実際に後遺障害等級が認定された事例をご紹介しました。
ただ、正直なところ、当事務所のご依頼者様についても、主に整骨院・接骨院で治療した方の場合、主に整形外科で治療した方に比べると、後遺障害等級が認定されにくい傾向はあるかもしれません。
しかし、整骨院・接骨院中心で治療された場合でも、状況次第で後遺障害等級が認定される可能性は十分にあります。
また、今回ご紹介したYさんのように、交通事故に詳しい弁護士にご依頼になることで結果が変わることもありますので、後遺障害でお困りの方は是非お気軽にご相談ください。
私たち優誠法律事務所では、交通事故に関するご相談は初回無料でお受けしております。
ぜひ、お気軽にお問合せください。
よろしければ、関連記事もご覧ください。
・自賠責に因果関係を否定された同名半盲が、訴訟で認められた事例
・過去の交通事故で後遺障害の認定を受けている場合、もう後遺障害が認定されないって本当?
・後遺障害診断書を作成してもらえず、裁判で後遺障害等級14級9号前提で和解できた事例
・異議申立てで14級が認定された事例(距骨骨折後の足関節の疼痛)
投稿者プロフィール
法律の問題は、一般の方にとって分かりにくいことも多いと思いますので、できる限り分かりやすい言葉でご説明することを心がけております。
長年交通事故案件に関わっており、多くの方からご依頼いただいてきましたので、その経験から皆様のお役に立つ情報を発信していきます。
■経歴
2005年3月 早稲田大学社会科学部卒業
2005年4月 信濃毎日新聞社入社
2009年3月 東北大学法科大学院修了
2010年12月 弁護士登録(ベリーベスト法律事務所にて勤務)
2021年3月 優誠法律事務所設立
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (出版社:日本実業出
遷延性意識障害(意識のない寝たきり状態)と慰謝料
交通事故は突然の出来事であり、重大な被害をもたらすことも少なくありません。
本記事では、交通事故の被害者が、意識が戻らないまま寝たきり状態(遷延性意識障害)となってしまったケースにつき、慰謝料の相場や請求方法について解説していきます。
1.遷延性意識障害とは?
⑴ 遷延性意識障害の定義
意識が戻らないままの寝たきり状態は、過去には「植物状態」などと呼ばれ,診断名としては「遷延性意識障害」といわれるものです。
日本では、1972年に日本脳神経外科学会から、「植物状態」の定義が発表されており、同発表によりますと、その定義は以下のとおりです。
脳損傷を受けた後で、以下に述べる6項目を満たす状態に陥り、ほとんど改善が見られないまま満3か月以上経過したもの
①自力移動不可能
②自力摂食不可能
③し尿失禁状態にある
④たとえ声は出しても意味のある発語は不可能
⑤「目を開け」「手を握れ」などの命令にはかろうじて応じることもあるが、それ以上の意志の疎通は不可能
⑥眼球はかろうじて物を追っても認識はできない
⑵ 交通事故で遷延性意識障害になる原因
交通事故で遷延性意識障害になる原因はさまざまですが、主なものとしては頭部への強い衝撃、すなわち頭部外傷による脳損傷が挙げられます。
例えば、歩行者と自動車との事故によって、歩行者の頭部がフロントガラスに打ち付けられるなど、交通事故被害者の頭部に強度の外力が加わった時に発症することがあります。
2.遷延性意識障害になった被害者の権利
⑴ 慰謝料の請求権
交通事故の被害者は、加害者や加害者の加入する保険会社に対し、自身が被った精神的な損害を賠償するよう請求することができます。
この精神的な損害のことを「慰謝料」と呼びます。
遷延性意識障害になってしまった被害者は、意識が戻らない限りご自身が損害賠償請求をすることはできませんが、慰謝料の請求権は当然に認められます。
⑵ その他の損害賠償
加害者が、上記のとおり慰謝料の支払義務を負うのは、民法の不法行為責任(709条)や、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」といいます。)の運行供用者責任(3条)に基づくものです。
これらの法律では、交通事故の加害者は、被害者に生じた「損害」を賠償する義務を負います。
そのため、交通事故加害者は、慰謝料のほかにも、治療費・通院交通費・入院雑費・休業損害・後遺障害逸失利益・後遺障害慰謝料など被害者が被った損害を賠償しなければなりません。
3.遷延性意識障害になった場合の慰謝料相場
⑴ 一般的な慰謝料相場
遷延性意識障害になってしまったときに、加害者に請求することができる慰謝料には、次の傷害慰謝料と後遺障害慰謝料があります。
①傷害慰謝料(入通院慰謝料)
傷害慰謝料は、けがを負ったことに対する慰謝料を指します。
傷害慰謝料は入通院慰謝料とも言われ、その額は、一般的には入通院の期間等によって計算されます。
遷延性意識障害の状態になってしまう場合には、交通事故後直ちに救急搬送され、その後も入院が継続されていることが多いかと思います。
また、慰謝料基準については、自賠責保険基準、任意保険基準、裁判所基準などと呼ばれる基準があります。
一般的には、自賠責保険基準が最も低く、裁判所基準が最も高い金額になります。
裁判所基準で、入院期間を1年間として慰謝料を計算すると、傷害慰謝料の額は、およそ321万円になります。
②後遺障害慰謝料
後遺障害慰謝料は、後遺障害が残存する場合、すなわち治療を継続してもこれ以上良くならないという状態(これを一般的に「症状固定」といいます)になった時に、残存した症状が自賠法上の後遺障害に該当する場合には、これを請求することができます。
自賠法上の後遺障害は、最も重い1級から14級まで等級が定められています。
遷延性意識障害の状態である場合には、1級に該当する場合が多いでしょう。
裁判所基準で後遺障害等級1級に該当するものとすると、後遺障害慰謝料の額はおよそ2800万円です。
なお、このように重大な後遺障害が残存した場合には、交通事故被害者の慰謝料のほか、近親者の慰謝料が認められる場合も少なくありません。
⑵ 被害者の属性や事故状況による相場の変動
その他、事故状況が特に悪質である場合には、慰謝料基準を増額することがありますし、被害者の属性(年齢・収入・同居家族の有無)によって、近親者の慰謝料の額も増減することがあります。
4.慰謝料等の請求手続
⑴ 治療・症状固定
傷害慰謝料は入通院期間等をもとに算定され、また後遺障害慰謝料は症状固定を迎えなければ計算することができませんので、慰謝料の請求をするには、まずどのような慰謝料が発生したのかを確定させるため、治療を継続しなければなりません。
そのため、原則として、治療中に相手方に対し慰謝料を請求することは出来ません。
⑵ 後遺障害の認定
治療が終わったら、残存した症状がどのような後遺障害に該当するのかを明らかにするため、加害者の加入する自賠責保険に対し、後遺傷害部分の保険請求(後遺障害申請)を行うことが通常です。
⑶ 損害計算・保険会社との交渉
治療が終わり、後遺障害等級も認定されたら、交通事故によって交通事故被害者の方が被った損害額を算定することができるようになります。
損害額を算定したら、加害者または加害者の加入する任意保険会社に対し、当該損害を賠償するよう求めます。
5.弁護士のサポートが重要な理由
⑴ 適切な慰謝料額を算定
上記のとおり、交通事故の被害者が加害者に対して慰謝料を含む適切な損害賠償を求めるには、適切な損害計算をすることができなければなりません。
しかしながら、適切な損害計算を自ら行うということは簡単なことではありません。
また、弁護士に依頼しなければ、慰謝料は、基本的に弁護士が用いる裁判所基準よりも低い任意保険会社基準によって計算されますので、相手方に計算を任せたり、それを簡単に信用することはお勧めしません。
弁護士に依頼すれば、適切な慰謝料を請求することができます。
⑵ スムーズな手続きの進行
慰謝料の請求までには、治療を行い、後遺障害の認定を受ける必要があります。
家族が遷延性意識障害となり、寝たきりになってしまったときには、生活が一変します。
そのような中で、相手方の保険会社とやり取りをしたり、後遺障害の認定を受けるために必要な書類を確認し、用意することは簡単なことではありません。
弁護士に依頼すれば、この先どのように手続きが進むのか先行きが明確になりますし、その多くの手続を弁護士に任せることが可能です。
⑶ 保険会社との交渉力
慰謝料の交渉もそうですが、相手方保険会社との交渉を行うことは容易ではありません。
交通事故によって遷延性意識障害になってしまったときに、加害者側から将来の損害分(将来治療費や後遺障害逸失利益)について、今後の死亡リスクが高いものとして、これらの期間を短くすべきとの主張がなされることがあります。
結論として、このような主張が通る可能性は高くありませんが、突然このような主張をされたら「そうなのかも」と思ってしまうのも無理はありません。
弁護士に依頼すれば、専門的な知見に基づき、保険会社と交渉しますので、適切な損害賠償を求めていくことができます。
6.まとめ
交通事故で遷延性意識障害になった場合の慰謝料請求は、多くの要素が関わるため繊細で複雑なものです。適切な慰謝料の賠償を求めるためには専門的な知識が必要です。
また、適切な慰謝料額の算定や保険会社との交渉など、弁護士のサポートが不可欠です。被害者やその家族が十分な補償を受けるために、弁護士事務所と連携し、慰謝料請求の手続きを進めていくことが重要です。
もし、ご家族や近しい方が交通事故によって遷延性意識障害となり、寝たきりの状態になってしまったときには、是非早期にご相談ください。
よろしければ、関連記事もご覧ください。
交通事故で遷延性意識障害などの寝たきりになった場合の慰謝料請求の相場と手続
投稿者プロフィール
2011年12月に弁護士登録後、都内大手法律事務所に勤務し、横浜支店長等を経て優誠法律事務所参画。
交通事故は予期できるものではなく、全く突然のものです。
突然トラブルに巻き込まれた方のお力になれるように、少しでもお役に立てるような記事を発信していきたいと思います。
■経歴
2008年3月 上智大学法学部卒業
2010年3月 上智大学法科大学院修了
2011年12月 弁護士登録、都内大手事務所勤務
2021年10月 優誠法律事務所に参画
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (共著、出版社:日本実業出版社)
異議申立てで14級が認定された事例(距骨骨折後の足関節の疼痛)
今回は、頚椎捻挫と距骨骨折後の足関節の疼痛で後遺障害等級14級9号が認定された事例をご紹介します。
今回の依頼者Sさんは、交通事故で両足を骨折したものの、事故直後に救急搬送された病院のレントゲン検査では左足の骨折が見つからず、事故から半年後のMRI検査でようやく距骨骨折が判明したという事情があります。
このような経緯もあったため、初回の後遺障害申請では、左足の骨折について否定され、非該当の判断になってしまいました。
その後、当事務所で、Sさんのカルテを取り寄せたり、主治医に医療照会を行ったり、専門の鑑定機関に画像の読影をお願いするなどの準備を行い、異議申立てをしたところ、左足骨折の事実が認められ、14級9号の認定を受けました。
交通事故の実務上、どうしても事故直後の画像で損傷が証明できないと、交通事故と怪我の因果関係が否定されてしまうことも多いですが、Sさんの場合は交通事故から半年後に骨折が判明した事例でも後遺障害が認められた稀なケースですので、同じようなことでお困りの方のご参考になればと思い、ご紹介することにしました。
1.事案の概要~事故から半年後に左距骨骨折が判明~
今回の依頼者Sさんは、片側一車線の直線道路を走行中、対向車がセンターラインをオーバーしてきて正面衝突されてしまいました。
お互いに相当なスピードが出ていましたので、この交通事故の衝撃でSさんの車両は大破してしまい、ブレーキペダルなどが折れ曲がって両足が挟まれたことで両足とも骨折してしまいました。
また、Sさんは、事故の衝撃で身体に強い衝撃を受け、頚椎と腰椎も負傷しました。
しかし、事故直後に救急搬送された病院では、レントゲンで右足の指の骨折は確認されたものの、左足のレントゲン画像では骨折が確認できなかったため、Sさんは左足の痛みも訴えていたものの、「左足関節打撲」の診断になってしまいました。
その後、Sさんは近所の整形外科に転院して懸命にリハビリをしたものの、事故から5ヶ月くらいのタイミングで、相手方保険会社に一方的に治療費の支払い(いわゆる一括対応)を打ち切られてしまい、これからどのようにすればよいか分からないということで当事務所に相談にいらっしゃいました。
ご相談後、主治医に確認してもらったところ、まだ治療によって改善の余地があり、症状固定にはなっていないとのことでしたので、健康保険に切り替えてしばらく治療を続けてもらうことになりました。
また、左足の痛みが改善しないことを相談してもらったところ、主治医から再検査することを勧められ、事故から半年後に再び救急搬送されたときの大きな病院で精密検査をすることになりました。
そして、このときのMRI検査で左足距骨に骨折した跡があることが判明しましたので、この時点でようやく「左距骨骨折」の診断が付きました。
2.初回申請は非該当
Sさんは、左距骨骨折の診断を受けた後も、主治医の下でリハビリを続けましたが、腰椎の痛みと左足関節の痛みが消えないまま、事故から約8ヶ月後に症状固定となりました。
なお、頚椎と右足の骨折部位については、多少の痛みが残ったものの、ある程度改善しました。
そして、Sさんは、症状固定時に主治医に後遺障害診断書を作成してもらい、後遺障害申請をしました。
ところが、初回申請の結果は、頚椎・腰椎・右足・左足の全てで非該当という判断になりました。
しかも、左足については、認定理由にMRI画像上にも骨折が認められないと記載されていました。
Sさんとしては、左足首の痛みから仕事にも日常生活にも大きな支障が出ているにもかかわらず、非該当という結果では納得できず、しかもMRIを撮影した病院と主治医の2人の医師から骨折の診断を受けたにもかかわらず、骨折したこと自体が認められないという判断であったため、そのような結果は受け入れられず、異議申立てを行うことになりました。
3.異議申立てで左足関節の疼痛に14級9号が認定
⑴ MRI画像上で骨折部位の指摘
今回の場合、自賠責保険で、SさんのMRI画像上、左距骨に骨折は認められないとの理由で非該当の判断がなされていましたので、私たちは、まず、MRI撮影をした病院の担当医師にMRI画像のどこに骨折が認められるかを画像上で指摘してもらうようお願いしました。
そうしたところ、快く病院側が医療照会に応じてくれて、骨折部位(剥離骨折が偽関節化した部分)を指摘してもらうことができました。
⑵ 鑑定業者に画像の鑑定依頼
次に、私たちは、事故直後のSさんの左足のレントゲン画像で本当に距骨骨折が確認できないかを専門の鑑定業者に依頼して専門医に確認してもらいました。
しかし、専門医の判断でも事故直後のレントゲン画像では骨折が確認できないという回答でした。
ただ、左距骨後突起外側結節がはっきり描出されていない可能性も高く、このレントゲン画像だけで左距骨骨折が否定される訳でもないとの意見をもらうことができました。
⑶ 事故直後のカルテ分析・医療照会
さらに、救急搬送された病院と主治医の病院から診療録(カルテ)を取り寄せ、交通事故直後にSさんの左足についてどのような記載があるか確認しました。
そうしたところ、救急搬送された病院のカルテに「骨折の疑い」との記載があり、当時の医師がSさんの痛みの訴えや左足の腫れなどから、骨折を疑うような状況であったことが裏付けられました。
加えて、主治医にも医療照会で、事故直後の時期の左足の状況について質問したところ、2~3ヶ月腫れがあったことや痛みの改善がほとんど見られなかったことなど、こちらが意図した回答をもらうことができました。
⑷ 異議申立てで距骨骨折を認めさせることに成功
私たちは、これらの準備をして、MRIで左距骨骨折が認められること、事故直後のSさんの症状などからこれが今回の交通事故による骨折であることなどを主張して異議申立てを行いました。
また、今回は割愛しますが、腰椎捻挫後の腰痛についても、14級9号が認定されるよう準備を行って申し立てました。
そして、その結果、私たちの主張が認められ、Sさんの左距骨骨折後の左足関節の痛みと腰椎捻挫後の腰の痛みについてそれぞれ14級9号が認定されて、併合14級の認定となりました。
4.まとめ
今回は、距骨骨折後の左足関節の痛みについて、初回申請非該当から異議申立てで14級9号が認定された事例をご紹介しました。
今回のSさんのように、交通事故直後の画像で骨折などの器質的損傷が証明できない場合、仮に、その後数ヶ月してからの画像で損傷が見られたとしても、交通事故から時間が経てば経つほど、事故との因果関係を証明するのが難しくなります。
そのため、Sさんのケースでは手を尽くして異議申立ての準備を行って、なんとか後遺障害を認めさせることができましたが、正直に言えば、これは稀なケースだと思います。
Sさんの場合も、もう少し早い段階で再検査ができていれば、初回申請でスムーズに後遺障害等級が認定されていたかもしれませんし、事故後早い段階で私たちにご相談いただいていれば、もっと早く主治医に相談するよう促せたかもしれません。
ですから、私たちは、交通事故は被害者の方に対して、少しでも早く弁護士にご相談になるようお勧めしています。
私たち優誠法律事務所では、交通事故に関するご相談は無料でお受けしております。
ぜひ、お気軽にお問合せください。
よろしければ、関連記事もご覧ください。
・自賠責に因果関係を否定された同名半盲が、訴訟で認められた事例
・過去の交通事故で後遺障害の認定を受けている場合、もう後遺障害が認定されないって本当?
・後遺障害診断書を作成してもらえず、裁判で後遺障害等級14級9号前提で和解できた事例
・整骨院・接骨院で治療すると後遺障害等級が認定されないって本当?
投稿者プロフィール
法律の問題は、一般の方にとって分かりにくいことも多いと思いますので、できる限り分かりやすい言葉でご説明することを心がけております。
長年交通事故案件に関わっており、多くの方からご依頼いただいてきましたので、その経験から皆様のお役に立つ情報を発信していきます。
■経歴
2005年3月 早稲田大学社会科学部卒業
2005年4月 信濃毎日新聞社入社
2009年3月 東北大学法科大学院修了
2010年12月 弁護士登録(ベリーベスト法律事務所にて勤務)
2021年3月 優誠法律事務所設立
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (出版社:日本実業出版社)
中年男性の顔面の傷痕(外貌醜状)の後遺障害による逸失利益は認められるか?~後遺障害等級9級の事例~
交通事故で怪我をした人の中には、顔などに線状痕(線状の傷痕)や瘢痕(ここでは線状の傷痕以外の傷痕のことを指します)が残ってしまう人がいます。
顔面部や頚部、頭部など、手足以外の露出している部分のことを外貌(がいぼう)といいますが、外貌に傷などが残ってしまった場合には、外貌醜状として後遺障害等級(7級12号・9級16号・12級14号)が認められる場合があります。
今回ご紹介するSさん(40代男性)も、交通事故で顔面に醜状が残ってしまい、後遺障害申請で9級16号の認定を受けました。
しかし、示談交渉では、相手方保険会社に、顔面の傷では稼働能力に影響は出ないとして、後遺障害逸失利益を全否定されてしまいました。
その後、Sさんの場合は、交通事故紛争処理センターでの斡旋手続きで示談することができましたが、外貌醜状の後遺障害の場合、このように逸失利益を否定されることは珍しくありません。
そこで、今回は、Sさんの事例をご紹介しつつ、外貌醜状の後遺障害と逸失利益について解説していきます。
同様のことでお困りの方の参考になりますと幸いです。
1.本件のご依頼内容~外貌醜状で併合9級が認定~
⑴ ご相談内容
今回の依頼者のSさんは、歩行中に道路を横断していたところ、居眠り運転していた加害者の自動車に轢かれてしまいました。
Sさんはこの交通事故で、顔面打撲、右大腿骨骨幹部骨折、左足関節内果骨折等の怪我を負いました。
Sさんは、内装業を営んでいましたが、交通事故後、両足の骨折で約4ヶ月間入院してしまい、その間働くことができず、退院後も怪我の影響で思うように仕事ができなかったため、その休業損害が補償されるか心配をしていました。
また、事故からしばらく経っても、顔面の傷(線状痕)が消えず、男性でも醜状障害で後遺障害等級が取れるかということも相談されたいということで、私たちの事務所に相談にいらっしゃいました。
⑵ 後遺障害の被害者請求
私たちは、Sさんからのご依頼後、Sさんが個人事業主であったことから、交通事故前年の確定申告書で休業損害の金額を算定し、相手方保険会社に請求しました。
相手方保険会社も、Sさんの入院中の休業損害については既に支払っていましたが、休業損害の日額を確定申告書の所得額だけを基に算出しており、かなり低い金額になっていました。
そこで、私たちは家賃や損害保険料などの「固定費」も所得額に加算して日額を計算して、退院後の休業損害と併せて入院期間中の追加分も請求しました。
その後、Sさんは、約1年間治療を続け、左足の骨折については痛み等の後遺症がなくなったものの、右足の骨折部分には痛みが残ってしまい、顔面部の線状痕も消えませんでした。
そのため、主治医が症状固定の診断をしたタイミングで後遺障害診断書を作成してもらい、被害者請求で後遺障害申請を行いました。
醜状の後遺障害の審査は、基本的に自賠責保険の調査事務所で面接が行われ、傷痕のサイズを測定しますが、Sさんの場合も調査事務所から面接調査の依頼が来ましたので、担当弁護士の私も同席して面接を受け、Sさんの顔面部の線状痕が5cm以上であることを確認してもらいました。
このように、わざわざ面接調査に同席する弁護士は少ないと思いますが、経験上、弁護士が同席していた方がしっかり測定してもらえる印象がありますので、私はできる限り同席するようにしています。
⑶ 併合9級が認定されたものの相手方が逸失利益を否定
Sさんは、後遺障害申請の結果、顔面部の線状痕について後遺障害9級16号、右足骨折後の疼痛等について14級9号が認定され、併合9級の認定結果となりました。
そこで、私たちは、裁判所基準で慰謝料や後遺障害逸失利益などを算定して、相手方保険会社と示談交渉を始めましたが、相手方保険会社は、醜状障害については労働能力に影響がないことから逸失利益は認めないとの一点張りで交渉が決裂してしまいました。
この後遺障害逸失利益については、以下でご説明します。
2.後遺障害逸失利益とは?
⑴ 後遺障害逸失利益の基本的な考え方
交通事故による怪我で後遺障害が残ってしまった場合、それによって労働能力が一定程度失われます。
そして、労働能力が失われることによって、交通事故に遭わなかった場合と比べて将来の収入も減ってしまうということになります。
この後遺障害による将来の減収を補償するのが、後遺障害逸失利益ということになります。
もちろん、被害者によって怪我の内容や仕事内容は様々で、労働能力の制限も実際の収入への影響も様々ですが、労働能力喪失率については、以下の表のように後遺障害の等級によって基準が設けられており、基本的にはこの労働能力喪失率を用いて、以下のように後遺障害逸失利益の金額を算定します。
逸失利益については、こちらの記事(後遺症の等級と慰謝料)もご覧ください!
【後遺障害逸失利益の計算】
・交通事故前年の収入額×労働能力喪失率×労働能力喪失期間(基本的に症状固定日の年齢から67歳までの年数のライプニッツ係数)
後遺障害等級 | 労働能力喪失率 |
第1級 | 100% |
第2級 | 100% |
第3級 | 100% |
第4級 | 92% |
第5級 | 79% |
第6級 | 67% |
第7級 | 56% |
第8級 | 45% |
第9級 | 35% |
第10級 | 27% |
第11級 | 20% |
第12級 | 14% |
第13級 | 9% |
第14級 | 5% |
例えば、40歳男性・事故前年の収入400万円・後遺障害9級の場合は、以下のような計算になります。
400万円×35%×14.6430=2050万円0200円
⑵ 神経症状の後遺障害逸失利益
後遺障害逸失利益の基本的な計算方法は、上の⑴でご説明したとおりですが、いくつかの例外があります。
例えば、神経症状といわれる痛みや痺れなどの後遺障害の場合、14級9号や12級13号が認定されることがありますが、これらの障害は、後遺障害の影響が比較的短期間でおさまると考えられています。
そのため、労働能力喪失期間も、通常の症状固定時から67歳までの期間ではなく、14級9号で5年間程度、12級13号で10年間程度とされている裁判例が多いです。
神経症状の後遺障害逸失利益については、以前の記事でも解説していますので、こちら(神経症状の後遺障害(12級13号・14級9号)の逸失利益~労働能力喪失期間の相場~)もご連絡ください。
⑶ 醜状障害の後遺障害逸失利益
醜状障害の場合は、労働能力に直接影響が出ないと考えられることが多く、多くの事例で後遺障害逸失利益を否定がされています。
確かに、顔面部や手足に傷痕が残っても、それによって労働能力が直接低下する訳ではありません。
そのため、後遺障害が残っても将来の収入が減額しないと考えられますから、逸失利益が否定されるということになります。
ただ、芸能人など、醜状痕による影響が大きい職業もありますので、全ての事例で醜状障害だから後遺障害逸失利益が否定されるということはなく、仕事への影響などを立証することで後遺障害逸失利益が認められることもあります。
芸能人などではない一般の方でも、接客業などでは、顔面部の傷痕が残ることで接客が難しくなり、他の仕事への異動なども考えられますし、若年の方の場合、職業選択の幅が狭まるなどの影響もありますので、その辺りの主張をして逸失利益を求めていくことになると思います。
一方で、今回のSさんのような中高年男性の場合、顔面部の醜状障害による影響は限定的と考えられることが多いという実情もあります。
3 本件の交渉経過~後遺障害逸失利益を完全否定~
今回のSさんの場合、個人事業主でしたので、休業損害と交通事故前年の確定申告書から基礎収入を算定して、9級の後遺障害逸失利益を算出して、相手方保険会社に請求しました。
ところが、相手方保険会社は、右足の神経症状の後遺障害14級9号の部分について、14級の5%の逸失利益は認めるものの、顔面部の醜状による逸失利益は全く認めませんでした。
Sさんの仕事は、内装業でしたので、確かに内装の仕事自体には顔面部の醜状痕による影響はありませんでした。
しかし、Sさんの仕事は、依頼者との打合せなども必要で、その際には依頼者と顔を合わせることになりますので、その際にはやはり顔の醜状が気になって、傷を髪の毛や帽子で隠すようにして依頼者と会っていました。
また、Sさんは、営業面でも取引先から仕事をもらう際の打合せなどで、取引先の人と顔を合わせることもあり、そのような場面でもこれから先仕事をもらえなくなるのではないかと心配をしていました。
私たちは、このようなSさんの事情を相手方保険会社に説明し、逸失利益の一部でも認めるよう求めましたが、相手方保険会社は全く認めませんでした。
そこで、私たちは、醜状障害の裁判例などで、逸失利益が認められなくても、その分を後遺障害慰謝料に上乗せする形で慰謝料を増額している事例もあることを指摘し、後遺障害慰謝料を増額するよう求めましたが、相手方保険会社は、これに対しても聞く耳を持たず、裁判手続きなどでなければ慰謝料増額はできないとの回答でした。
4.紛争処理センターで慰謝料120%を獲得
上記のように、Sさんの事例では、相手方保険会社が醜状障害の部分の後遺障害逸失利益を完全に否定し、後遺障害慰謝料の増額も認めなかったことから、交通事故紛争処理センターでの斡旋手続きで解決を目指すことにしました。
そして、紛争処理センターでも、私たちが上記のようなSさんの仕事内容や仕事上での顔面部の傷痕の影響などを丁寧に説明した結果、紛争処理センターからは、逸失利益としての算定は否定されたものの、後遺障害慰謝料を裁判所基準の120%とする斡旋案が示されました。
この斡旋案には、相手方保険会社もすんなり同意したため、Sさんも受け入れることとして示談が成立しました。
5.まとめ
今回は、外貌醜状の後遺障害逸失利益について、Sさんの事例を基に解説しました。
私たちの経験上も、特に中高年男性の外貌醜状の後遺障害の場合は、逸失利益を認めさせるのは難しいというのが正直なところです。
ただ、今回のSさんのように慰謝料を増額して解決できる場合もありますし、外貌醜状と同時に醜状部分の痛みや痺れなどの神経症状も認定されている場合には(12級や14級の分として)神経症状部分の逸失利益を求めるということも考えられます。
このような交渉方法は、被害者ご自身では分からないことも多いと思いますので、一度詳しい弁護士にご相談されることをお勧めします。
私たち優誠法律事務所では、交通事故に関するご相談は初回無料でお受けしておりますので、是非ご相談ください。
よろしければ、関連記事もご覧ください。
・神経症状の後遺障害(12級13号・14級9号)の逸失利益~労働能力喪失期間の相場~
・【速報】後遺障害等級認定事例(5) ~外貌醜状(顔面の醜状痕)~
投稿者プロフィール
法律の問題は、一般の方にとって分かりにくいことも多いと思いますので、できる限り分かりやすい言葉でご説明することを心がけております。
長年交通事故案件に関わっており、多くの方からご依頼いただいてきましたので、その経験から皆様のお役に立つ情報を発信していきます。
■経歴
2005年3月 早稲田大学社会科学部卒業
2005年4月 信濃毎日新聞社入社
2009年3月 東北大学法科大学院修了
2010年12月 弁護士登録(ベリーベスト法律事務所にて勤務)
2021年3月 優誠法律事務所設立
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (出版社:日本実業出版社)
自賠責に因果関係を否定された同名半盲が、訴訟で認められた事例
今回は、交通事故により同名半盲を負ってしまった方の高額解決事例をご紹介いたします。
同名半盲とは、両眼の視野の右半分または左半分が欠損する半盲症のうち、両眼同側が欠損するものをいいます。
右同名半盲の場合、右眼でも左眼でも、右側が見えなくなります。
今回ご紹介する被害者の方は、交通事故後、右同名半盲が発症してしまいました。
自賠責保険会社は、原因となるような交通事故による外傷性の異常所見が認められないことを理由に、相当因果関係を否定する判断をしましたが、訴訟提起をしたところ右同名半盲が認められるに至りました。
以下、同名半盲に関する基本的な説明を交えながら、事例をご紹介します。
1.同名半盲とは
前提として、視覚情報が脳に伝わる経路について解説します。
下の図をご覧ください。
視覚の情報は、網膜に投影された後、視神経→視交叉→視索→外側膝状体を経て脳に伝わります。
ここで重要なことは、両眼ともに左視野の情報は大脳の右半球に、右視野の情報は左半球に伝えられるということです。
それでは、視覚の伝達経路が損傷した場合、視野はどうなるのでしょうか。
下の図をご覧ください。
このように、損傷した部位によって、欠損する視野は異なります。
例えば、視交叉が損傷した場合は、右眼の右側半分と左眼の左側半分が見えなくなります(①)。右眼でも左眼でも耳側の半分が見えなくなることから、両耳側半盲と呼ばれています。
左右の視神経が損傷した場合、全盲となります(②)。
左側の視索が損傷した場合は、両眼の右側が見えなくなります(③)。
今回ご紹介する事例の被害者が負った右同名半盲の状態です。
2.自賠責保険会社による審査~本件事故と同名半盲との因果関係を否定~
交通事故によって同名半盲の後遺障害が残存した場合、後遺障害等級は自賠法施行令別表第二第9級3号に該当します。
等級 | 障害の程度 |
9級3号 | 両眼に半盲症、視野狭窄又は視野変状を残すもの |
今回ご紹介する被害者(Aさん)は、交通事故後、右同名半盲が発症してしまいました。
治療を受けたものの右同名半盲が後遺障害として残ってしまったため、自賠責保険会社に対して後遺障害等級認定の申請を行いましたが、原因となるような交通事故による外傷性の異常所見が認められないことを理由に、相当因果関係を否定する判断をされました。
本件事故前はこのような症状がなかったために納得できなかったAさんは、自賠責保険会社に対して異議申立てをしたものの、結果が変わることはありませんでした。
そのため、右同名半盲についての適切な賠償を受けるため、やむを得ず民事訴訟を提起することになりました。
3.訴訟における相手方の主張
訴訟において、相手方代理人はAさんが右同名半盲の状態であることは認めたものの、MRI検査により左後頭葉の異常所見が認められないことを理由に、右同名半盲が本件事故の外傷を原因として発症したことを否定しました。
この点については、上述したとおり、自賠責保険会社も、交通事故による外傷性の異常所見が認められないことを理由に相当因果関係を否定しているところです。
また、相手方代理人は、頭部CTの画像所見を根拠に、過去に生じた脳梗塞に起因して右同名半盲が発症した可能性がある旨を主張しました。
つまり、Aさんの右同名半盲は、本件事故が原因ではなく、本件事故とは無関係の脳梗塞が原因だという趣旨です。
併せて、脳梗塞には、自覚症状がない無症候性脳梗塞も存在するとの指摘もなされました。
4.訴訟における当方の主張
右同名半盲と本件事故との因果関係については、自賠責保険会社からも相手方代理人からも否定されていることから、この点に関する証拠を確保することが重要でした。
その一環として、因果関係について診断・検査をしてくれる病院を探したところ、これに応じる姿勢の病院を見つけることができました。
同院にて、これまで受けていなかった様々な検査を経て、頭部打撲に起因した左視索障害による同名半盲であると考えられる旨の診断を受けるに至りました。
早速、訴訟手続において、これらの検査・診断結果を証拠として提出することにしました。
その他、訴訟手続において、当方からは、証拠を引用等した上で概ね以下の主張を展開しました。
・本件事故以前に右同名半盲の症状は存在せず、本件事故を契機に発生したものであるから、本件事故との相当因果関係があることは明らか。
・本件事故により、外傷くも膜下出血や右前頭部硬膜下血腫が生じる程の衝撃を頭部に受けており、意識障害も存在したのであるから、右同名半盲と本件事故との因果関係を肯定することは可能。
・視索障害による同名半盲の症例をまとめた21例報告によると、18例は脳腫瘍、1例は脱髄疾患、2例は頭部外傷を原因とするものであったが、相手方代理人が可能性を指摘する脳梗塞症例は0例であった。
・殊に脳については、現代の医学においても解明されていない事項が多く存在することは医師においても否定できない事柄であり、左視索に画像上異変がみられないとしても、それをもって因果関係が否定されるべきではない。
5.本件訴訟の結果~本件事故と同名半盲との因果関係を肯定~
双方からの主張が一段落した後、裁判所から、本件事故と同名半盲との因果関係があることを前提とした和解案が提示されるに至りました。
自賠法施行令別表第二第9級3号を前提とした1000万円を超える和解案です。
以上より、訴訟上の和解が成立して、訴訟事件は終結しました。
6.まとめ
自賠責保険会社においても、訴訟手続においても、後遺障害等級を審査するにあたっては、基本的には画像所見等の他覚的所見が重要となります。
そのため、今回ご紹介した事例のように、交通事故によって新たな症状が現れたとしても、他覚的所見が無い場合には、後遺障害等級に該当しない旨の判断がなされることがあり得るのです。
このような場合には、他覚的所見を補う証拠がないか模索することになります。
今回ご紹介した事例では、セカンドオピニオンに応じた病院を見つけることができました。
ここで重要となるのは、医師に対する医療照会兼回答書(質問と回答欄が一体となった書面)の作成です。
医師に書面で回答してほしい内容を、医師から的確に引き出すためには、医療照会兼回答書の内容が非常に重要となります。
ポイントを絞った照会書であれば、医師も答えやすく、またその答えが立証において有意義なものとなるためです。
後遺障害が残ってしまった場合、まずは自賠責保険会社に対する後遺障害等級認定の申請を行うことになるかと思いますが、可能であれば弁護士に依頼した方が良いものと思います。
当事務所では、自賠責保険会社に対する後遺障害等級の申請についても対応しております。
当事務所は全国からご相談いただいておりますので、お気軽にご相談ください。
投稿者プロフィール
これまで一般民事事件や刑事事件を中心に、数多くの案件を担当して参りました。
これらの経験を踏まえ、難しい法律問題について、時には具体例を交えながら、分かりやすい内容の記事を掲載させていただきます。
■経歴
2009年3月 明治大学法学部法律学科卒業
2011年3月 東北大学法科大学院修了
2014年1月 弁護士登録(都内上場企業・都内法律事務所にて勤務)
2018年3月 ベリーベスト法律事務所入所
2022年6月 優誠法律事務所参画
■著書・論文
LIBRA2016年6月号掲載 近時の労働判例「東京地裁平成27年6月2日判決(KPIソリューションズ事件)」
交通事故で脊髄損傷を負ってしまった方の高額解決事例
今回は、交通事故により脊髄損傷を負ってしまった方の高額解決事例をご紹介いたします。
脊髄損傷は、交通事故が原因で起こるケースが多いと言われています。
その他にも、高い所から落ちたり、転倒したり、スポーツが原因で発症することが多いようです。
脊髄は、脳から背骨の中を通って伸びている太い神経のようなものであり、脊髄を損傷し、重い傷を負うと、脳からの指令が伝わらなくなり、手足に重い麻痺等の障害が残ります。
その一方で、交通事故事件においては、担当医から脊髄損傷との診断を受けたにもかかわらず、画像所見や神経学的な所見がないことを理由に脊髄損傷が否定されることもあります。
以下、脊髄損傷に関する基本的な説明を交えながら、事例をご紹介いたします。
1.脊髄損傷とは
脊髄は、背骨の中心部を通る太い神経組織で、脳からの指令(手足を動かす等)を手足に伝える神経が集まっています。
人間の体を動かす様々な指示は、脳からこの脊髄を使って全身に伝えられるため、人間にとって非常に重要な部分といえます。
脊髄損傷は、その程度により「完全損傷」と「不完全損傷」に分けられます。
「完全損傷」は、脊髄の機能が完全に壊れた状態であり、脳からの命令は届かず、損傷部位以下の運動、感覚機能が完全に消失してしまいます。
「不完全損傷」は、脊髄の一部が損傷し一部機能が残った状態であり、脊髄損傷部位以下の感覚知覚機能だけが残った重症なものから、ある程度運動機能が残った軽症なものまであります。
2.脊髄損傷の認定~画像所見と神経学的所見~
交通事故事件においては、担当医から脊髄損傷の診断を受けているにもかかわらず、当該事故によって脊髄損傷を負ったか否かが争点となることがあります。
例えば、受傷時に器質的損傷は特になく、脊柱管の圧迫はあるが脊髄を圧迫するまでとはいえない事案において、実質的にはムチウチと変わらないという反論がなされる場合等です。
脊髄損傷を負ったか否かを判断するにあたり主に検討されるのは、①画像所見、②神経学的所見、③症状の推移、④これらの整合性です。
①画像所見について補足すると、X線(レントゲン)検査は、脊椎に生じた骨の損傷は明らかになりますが、脊髄の損傷は分かりません。一方、MRI検査は、脊髄の損傷と脊椎の靱帯の損傷を最も正確に検出できる検査となります。
①画像所見や②神経学的所見がなく、ただ症状だけを訴えているような場合には、脊髄損傷の発生が認定されることは厳しいといえます。
また、③症状が事故直後から発生している場合はともかく、事故後しばらくして症状が現れた場合には、医学的な説明ができない限り、脊髄損傷によるものとするには疑問が生じてくることになります。
3.脊髄損傷の後遺障害等級
脊髄損傷の後遺障害等級認定にあたっては、麻痺の範囲及びその程度や、食事・入浴・用便・更衣等の生命維持に必要な身のまわりの処理の動作についての介護の要否及びその程度が重要な考慮要素となっています。
等級 | 障害の程度 |
1級1号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの |
2級2号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの |
3級3号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの |
5級2号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの |
7級4号 | 神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの |
9級10号 | 神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの |
12級13号 | 局部に頑固な神経症状を残すもの |
その他、後遺障害等級の認定基準に関する詳細は,以下のリンク先をご参照ください。
4.事例の紹介~脊髄損傷を負ってしまった方の高額解決事例~
Sさんは、自動車を運転して青信号の交差点に進入したところ、左方から赤信号を無視した加害車両に衝突されたことにより、怪我を負ってしまいました。
上記の交通事故事件についてSさんからご相談いただいた際、脊髄損傷と診断されている旨を伝えられました。
しかしながら、診断書を確認したところ、「中心性頸髄損傷」との診断であったため、この点が懸念材料となりました。
なぜなら、中心性頸髄損傷は、不完全損傷のうち、脱臼や骨折を認めないことが多い損傷であることから、そもそも頸髄損傷を負ったか否かが争点となることが多いためです。
それに加えて、Sさんは、事故後も勤務を継続することができていたことから、頸髄損傷が否定されるリスクをしっかりと念頭に置かなければならないと判断しました。
そのため、自賠責保険会社に対して後遺障害等級認定の申請をするにあたっては、これらの点について特に配慮する必要がありました。
申請の準備をするにあたっては、後遺障害診断書や画像の取得に加えて、脊髄症状特有の状態に関する医学的意見書(「脳損傷又は脊髄損傷による障害の状態に関する意見書」及び「脊髄症状判定用」)の作成を依頼しました。
その後、後遺障害診断書が作成されたのですが、少しでも認定される可能性を高めるために、病院に対して後遺障害診断書の修正依頼を行いました。
また、必ず提出しなければならない資料ではないのですが、「陳述書」の作成をSさんに依頼しました。
しっかりと準備した甲斐があり、自賠責保険会社における審査の結果、中心性頸髄損傷であるものの後遺障害等級として7級4号が認定されました。
その後、この後遺障害等級を前提に相手方保険会社と交渉した結果、損害として合計約3500万円もの金額が認められるに至りました。
このうち、後遺障害による損害だけでも約2500万円であったことからも分かるように、自賠責保険会社によって認定される後遺障害等級は、損害額を算出する上で非常に重要となります。
5.まとめ
被害者からの自賠責保険会社に対する後遺障害等級認定の申請は、相手方保険会社経由で行うこともできます。
しかしながら、この場合、相手方という立場上、被害者の有利となるような資料等を積極的に提出することについて期待はできません。
そのため、自賠責保険会社に対する後遺障害等級認定の申請は、被害者側で行うことが肝要です。
しかしながら、申請にあたっては様々な資料が必要となるため、被害者自身で申請の準備を進めることは困難であるかと思います。
特に、今回ご紹介した脊髄損傷の場合、脊髄症状特有の状態に関する医学的意見書等も必要になることから、より準備には困難を極めるでしょう。
したがって,自賠責保険会社に対する後遺障害等級認定の申請は,可能であれば弁護士に依頼した方が良いと思います。
当事務所では、事例でご紹介したように、自賠責保険会社に対する後遺障害等級の申請についても対応しております。
当事務所は全国からご相談いただいておりますので、お気軽にご相談ください。
投稿者プロフィール
これまで一般民事事件や刑事事件を中心に、数多くの案件を担当して参りました。
これらの経験を踏まえ、難しい法律問題について、時には具体例を交えながら、分かりやすい内容の記事を掲載させていただきます。
■経歴
2009年3月 明治大学法学部法律学科卒業
2011年3月 東北大学法科大学院修了
2014年1月 弁護士登録(都内上場企業・都内法律事務所にて勤務)
2018年3月 ベリーベスト法律事務所入所
2022年6月 優誠法律事務所参画
■著書・論文
LIBRA2016年6月号掲載 近時の労働判例「東京地裁平成27年6月2日判決(KPIソリューションズ事件)」
過去の交通事故で後遺障害の認定を受けている場合、もう後遺障害が認定されないって本当?
一生交通事故に遭わない方もいれば、複数回交通事故の被害に遭ってしまう方もいます。
もし、過去に交通事故の被害に遭って後遺障害の認定を受けていたときに、再び交通事故によって同じ部位を受傷した場合、再度2度目の交通事故でも後遺障害の認定を受けることができるのでしょうか。
当事務所でも、例えば、過去に交通事故で首を受傷して(頚椎捻挫など)14級9号の後遺障害の認定を受けたことのあるご相談者様から、2回目の交通事故でも首を受傷してしまい、「もう一度後遺障害の認定を受けることはできますか?」というご質問をお受けすることは結構あります。
このご質問に対する回答は、「お怪我の状況によっては可能性があります」ということになりますが、今回の記事では、この同一部位の後遺障害の再認定について解説していきます。
1.後遺障害について
⑴ 後遺障害とは何か?
ここでいう後遺障害とは、一般用語としての「後遺症」とは異なり、以下の要素を有するものを指します。
①交通事故によって受傷した症状であること
②症状固定時に残存するものであること
③それが自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」といいます)施行令別表に記載された症状であること
⑵ 交通事故による後遺障害の認定
後遺障害の該当性については、最終的には裁判所が判断をしますが、一般的にはまずは、加害者の加入する自賠責保険に後遺傷害部分の保険金を請求する方法で、症状固定時に残存した症状が「自賠法施行令別表」に記載された後遺障害に該当するかどうかの認定を受けることとなります。
⑶ 後遺障害の等級について
後遺障害の等級は、1級から14級まであります。1級が重く、級の数字が大きくなるにつれてその程度が軽くなっています。
「自賠法施行令別表」では、それぞれの級に該当する具体的な障害内容が記載されています。
例えば、後遺障害第14級9号には「局部に神経症状を残すもの」との記載があり、むちうち症で首に痛みが残ってしまったり、手足にしびれが残ってしまった場合には、この後遺障害が認定される可能性があります。
2.後遺障害が認定されることの意味・効果
⑴ 後遺障害の意味・効果
後遺障害が認定されると、交通事故の加害者に対して、賠償を請求することができる金額(損害)の額が増えます。
後遺障害とは、将来にわたって体の機能の一部が失われるということを意味しますので、後遺障害が残らなかった場合に比べて、精神的な損害が発生し(後遺障害慰謝料)、また、将来にわたる減収(後遺障害逸失利益)が予想されるためです。
そのため、後遺障害が認定された場合には、その等級に応じて、後遺障害慰謝料及び逸失利益の額を算出して、これを交通事故加害者(加害者側保険会社)に対し、請求することが可能となります。
⑵ 一度認定された後遺障害等級について
上記のとおり、後遺障害とは、体の機能の一部が将来にわたって失われるということを意味しますので、いわゆる永続性を前提としています。
しかし、実際には、交通事故によってむち打ち症となり、首に痛みが残ってしまって、後遺障害第14級9号(局部に神経症状を残すもの)の認定を受けたとしても、実際には馴化していき、痛みも数年で消失するという例は少なくありません。
そうしますと、一度後遺障害の認定を受けたけれど、既にその症状はないという状態となり、ここに再び交通事故被害に遭ってむち打ち症となって症状が再発してしまうという場合も考えられます。
この場合に、再度の認定を受けることができるのかが問題となるのです。
⑶ 一度認定された後遺障害等級と再認定の可能性
結論から言えば、原則として再認定されることはありませんが、以下の例外的な場合には再認定される可能性があります。
① 加重障害
加重障害とは、既に後遺障害が存在している者が、新たな交通事故によって、同一の部位について障害の程度を加重した場合を指します。
例えば、交通事故によって、頚部に「局部に神経症状を残す」(後遺障害第14級9号)という後遺障害を負った人が、新たな交通事故によって頚部に外傷を負い、その程度が加重され「局部に頑固な神経症状を残す」(後遺障害第12級13号)にまで加重されてしまったような場合です。
② 受傷部位が同じでも症状が別の場合
例えば、交通事故によって、頚部に外傷を負い、頚部痛という「局部に神経症状を残す」(後遺障害第14級9号)という後遺障害を負った者が、新たな交通事故によって同じく頚部に外傷を負い、今度は、右上肢にしびれが生じたというような場合です。
この場合には、同一部位の受傷ですが、残存した症状が異なるため、再度「局部に神経症状を残す」(後遺障害第14級9号)という後遺障害が認定される可能性があります。
3.再認定の可能性と条件
上記のとおり、一度認定された後遺障害と同一部位を受傷した場合、原則としては、再度の後遺障害は認定されません。
もっとも、上記のように、加重障害の場合や症状が異なる場合には、後遺障害が再度認定される可能性があります。
⑴ 加重障害での認定を求めるケース
加重障害での認定を求める場合には、加重障害として加重された後遺障害の要件に該当することを裏付ける必要があるでしょう。
例えば、上記の例でいえば、後遺障害第12級13号の「局部に頑固な神経症状を残す」とは、残存した神経症状につき、医学的(他覚的・客観的)に証明することが可能な程度であることが認定の要件となっています。
そのため、症状を裏付けるために、MRIやレントゲン等の画像検査は必須となるでしょう。
また、後遺障害診断書には、画像診断において、症状を裏付ける所見が認められることを明記してもらうようにしましょう。
⑵ 症状が異なるとして認定を求めるケース
症状が異なるとして認定を求めるケースでは、以前認定された後遺障害の症状と、新たな後遺障害によって発生・残存した後遺障害の症状が異なることを明らかにしましょう。
この点は、後遺障害診断書にて明記してもらったり、自らの陳述書などを作成すると良いでしょう。
4.再認定の法的評価と影響
⑴ 後遺障害の賠償請求と再認定
① 加重障害のケース
後遺障害が認定された場合には、その等級に応じて、後遺障害慰謝料及び逸失利益の額を算出して、これを交通事故加害者に対し、請求することが可能となります。
この後遺障害慰謝料や逸失利益の額は、残存した後遺障害の等級(残存した後遺障害の程度)によって異なります。
もっとも、これまでみてきたような加重障害が12級13号で既存障害14級9号であったようなケースでは、通常の12級が認定されたケースとは異なる損害の計算がなされる可能性があるので注意が必要です。
この点、確立した計算方法があるわけではありませんが、裁判例では以下のような計算がなされることがあります。
・後遺障害慰謝料につき、既存障害分で通常認められる慰謝料分を差し引く
・後遺障害逸失利益につき、既存障害分で通常認められる労働能力喪失率を差し引く
・既存障害を素因として認定し、減額する
② 症状が異なるものとして認定されたケース
この場合には、残存した症状が異なりますので、特段の計算上の配慮がなされる可能性は低いと考えられます。
もっとも、後遺障害の内容によっては、既存障害が素因として認定され、減額されてしまう可能性もあるでしょう。
⑵ 弁護士や専門家に相談する利点
後遺障害の認定手続きは基本的に書面審査ですので、その準備が非常に重要です。
しかしながら、これまで見てきたとおり、同一部位の再度の後遺障害の認定については、専門的な知識が必要ですので、交通事故の被害者本人においてどのような準備が必要であるかを判断していくことは非常に困難といえるでしょう。
この点、弁護士に依頼したときには、後遺障害の再認定に必要な要件や準備についてアドバイスを受けることができます。
また、後遺障害の認定手続自体を任せることができますので、手間や精神的な負担を大きく軽減することができるでしょう。
5.まとめ
同一部位の再度の後遺障害の認定については、高度な専門知識や準備が必要です。
一度後遺障害の認定を受けたことがあるけれども、再度交通事故の被害に遭ってしまって、以前の症状が強くなってしまったという方や、同一部位を受傷したものの別の症状が発現してしまったという方は、早めに弁護士に相談されることをお勧めします。
弁護士法人優誠法律事務所では、交通事故の経験豊富な弁護士が複数在席しています。
交通事故に関するご相談は、初回無料で利用いただけますので、お気軽にご連絡ください。
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神経症状の後遺障害(12級13号・14級9号)の逸失利益~労働能力喪失期間の相場~
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整骨院・接骨院で治療すると後遺障害等級が認定されないって本当?
投稿者プロフィール
2011年12月に弁護士登録後、都内大手法律事務所に勤務し、横浜支店長等を経て優誠法律事務所参画。
交通事故は予期できるものではなく、全く突然のものです。
突然トラブルに巻き込まれた方のお力になれるように、少しでもお役に立てるような記事を発信していきたいと思います。
■経歴
2008年3月 上智大学法学部卒業
2010年3月 上智大学法科大学院修了
2011年12月 弁護士登録、都内大手事務所勤務
2021年10月 優誠法律事務所に参画
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (共著、出版社:日本実業出版社)
神経症状の後遺障害(12級13号・14級9号)の逸失利益~労働能力喪失期間の相場~
交通事故で首や腰を負傷し、症状固定まで治療を継続しても痛みなどの症状が残存してしまった場合、後遺障害等級としては14級9号の認定を受ける方が大多数です。
また、骨折や靭帯損傷などの器質的損傷を伴うお怪我をされた被害者の場合は、症状固定後も負傷した部位に痛みなどが残存してしまったときに認定される後遺障害等級としては、基本的に12級13号か14級9号となります。
この12級13号や14級9号は、痛みや痺れなどのいわゆる神経症状による後遺障害であることから、加害者側保険会社が後遺障害の逸失利益について、喪失期間を10年(12級13号)や5年(14級9号)に限定するべきだと主張してきます。
しかし、神経症状であっても、必ずしも10年や5年に逸失利益が限定される訳でもありません。
そこで、今回は神経症状による後遺障害等級(12級13号・14級9号)が認定された場合の労働能力喪失期間について、実例を基にご紹介します。
1.後遺障害逸失利益とは?
⑴ 後遺障害逸失利益の計算方法
逸失利益とは、交通事故に遭って後遺障害を負わなければ得られたであろう利益のことをいいます。
後遺障害を負うということは、その分の労働能力が失われ、将来の収入が減ると考えられますので、これを補填するものが後遺障害逸失利益ということになります。
交通事故被害者は、それぞれ状況が違いますので、後遺障害によって完全に仕事を失ってしまう人もいれば、逆にほとんど仕事に影響が出ない人もいて現実の影響は様々ですが、公平の観点から基準となる逸失利益の計算方法が決められています。
具体的には、実務上逸失利益の計算は以下の方法によって算定されています。
逸失利益=「基礎収入」×「後遺障害に応じた労働能力喪失率」×「労働能力喪失期間のライプニッツ係数」
⑵ 基礎収入とは
後遺障害逸失利益を算定する際、基になる基礎収入は、基本的に被害者の交通事故前年の年収を用いることになります。
逸失利益は、交通事故で後遺障害を負わなければ将来得られたであろう利益ですので、交通事故の影響がない事故前年の年収を基にすべきという考えによるものです。
ただ、転職などで交通事故の前年に働いていない期間がある場合など、事故前年の年収が本来の稼働能力に見合ったものではないケースもありますので、その場合は過去の年収や平均賃金を参考に算定する場合もあります。
⑶ 労働能力喪失率
労働能力喪失率は、後遺障害によってどの程度労働能力が失われているかということですが、端的にどの程度収入が減るかということと同じ意味と考えられます。
後遺障害を負った場合に、現実にどの程度収入に影響を受けるか(収入が何%減るか)は、被害者によって異なりますが、基本的に逸失利益を算定する際には、認定されている後遺障害等級によって労働能力喪失率を定めます。
各後遺障害等級による労働能力喪失率は、以下の表のとおりです。
後遺障害等級に対する労働能力喪失率 | |||
障害等級 | 労働能力喪失率 | 障害等級 | 労働能力喪失率 |
第1級 | 100% | 第8級 | 45% |
第2級 | 100% | 第9級 | 35% |
第3級 | 100% | 第10級 | 27% |
第4級 | 92% | 第11級 | 20% |
第5級 | 79% | 第12級 | 14% |
第6級 | 67% | 第13級 | 9% |
第7級 | 56% | 第14級 | 5% |
⑷ 労働能力喪失期間
労働能力喪失期間は、後遺障害の影響を受けて収入が減るであろう期間ということになりますが、裁判所は基本的に症状固定から67歳までと考えています(平均余命の半分の方が長い場合は、平均余命の半分の期間を採用します)。
しかし、12級13号や14級9号のような神経症状の後遺障害の場合には、労働能力への影響が限定的と考えられており、12級13号で10年間、14級9号で5年間とされることが多いといえます。
2.神経症状の後遺障害
⑴ 12級13号
骨折や脱臼、靭帯損傷などの器質的損傷を伴うお怪我の場合、一定期間治療をして症状固定を迎えても、患部の痛みなどの症状が残ってしまうことがあります。
この場合、残存している症状によっては、「局部に頑固な神経症状を残すもの」として後遺障害等級12級13号が認定される可能性があります。
ただし、器質的損傷があって痛みがあれば必ず12級13号が認定されるというものではなく、残存している痛みの原因が画像所見などで認められる場合に認定されます。そのため、医師が靭帯損傷の診断をしていたとしても、画像上で靭帯損傷の所見がはっきりしなければ認定されません。
また、事故によって骨折しても、きれいに骨癒合が得られている場合などは、12級13号は認定されにくく、次の14級9号の認定にとどまるということもあります。
⑵ 14級9号
交通事故の被害者の大多数が、首や腰のいわゆるムチウチのお怪我をされて、頚椎捻挫や腰椎捻挫という診断を受けます。
この頚椎や腰椎についても、症状固定に至るまで治療を続けても、首・腰の痛みや手足の痺れなどの症状が残ってしまうことがあります。
この場合、「局部に神経症状を残すもの」として後遺障害等級14級9号が認定される可能性があります。なお、頚部や腰椎のお怪我でも、明確な画像所見がある場合などには「局部に頑固な神経症状を残すもの」として12級13号が認定されることもありますが、かなり稀なケースといえます。
また、14級9号についても、痛みや痺れがあれば必ず認定されるというものではなく、受傷時の事故態様や治療の経過から痛みの訴えに一応の説明がつき、医学的に説明可能な障害を残す所見のある場合に認定されます。なお、頚部や腰部以外のお怪我でも、症状次第では14級9号が認定されることもあります。
3.12級13号の労働能力喪失期間
⑴ 10年間で認定されることが多い
上でもご説明しましたが、裁判所は、後遺障害逸失利益の労働能力喪失期間について、基本的に症状固定時の年齢から67歳までの期間と考えています。
しかし、神経症状の後遺障害である12級13号の場合は、後遺障害による労働能力の喪失が限定的ということで、10年間とされることが多く、加害者側の保険会社はほとんどの場合、12級13号は10年間という主張をしてきます。
裁判所も、12級13号の場合は10年を一つの基準と考えていると思われます。
⑵ 10年を超えて認められる事例
12級13号の後遺障害であっても、骨折後に骨癒合したものの関節面に不整が残ってしまった場合や靭帯損傷・神経損傷など、器質的損傷が残存してしまった場合、症状固定から10年を経過しても神経症状が改善しないこともあり得ます。
そのため、裁判所も12級13号であれば労働能力喪失期間は10年間と決めつけている訳ではなく、個別の事例に基づいて痛みや痺れの原因となっている器質的損傷が長期間に渡って残存することを証明できれば、10年を超えて労働能力喪失期間を認めてくれますし、事案によっては、機能障害(可動域制限等)などの後遺障害と同様に症状固定から67歳までの期間を労働能力喪失期間として認めることもあり得ます。
また、加害者側保険会社は、12級13号では基本的に10年間以下の労働能力喪失期間しか認めませんが、交渉によってはそれ以上の労働能力喪失期間を認める場合もあります。以前、当事務所の公式ブログでご紹介した事例(弁護士に依頼することで示談金が増額した事例~右肩腱板損傷・異議申立て・後遺障害12級13号~)では、裁判をせずに、交渉で最初の10年間は労働能力喪失率14%、11年目から67歳までは労働能力喪失率7%、という内容で逸失利益を獲得できています。
なかなか交渉で67歳まで14%の逸失利益を認めさせることは難しいですが、私たちがお手伝いした他の事例でも10年間14%以上の逸失利益を得られた事例も複数あります。
4.14級9号の労働能力喪失期間
⑴ 5年間で認定されることが多い
14級9号の後遺障害の場合、裁判所も基本的には労働能力喪失期間を5年間と考えていますので、判決や和解案も5年が基本となります。
加害者側保険会社も、同様に基本的には14級9号は5年間と主張してくることが多く、酷い担当者は3年間程度で主張してくる場合もあります。
⑵ 5年を超えて認められる事例
14級9号の後遺障害でも、裁判では個別事案の具体的な事情を基に判断されますので、5年を超える労働能力喪失期間が認められるケースはあります。
特に、頚椎や腰椎以外の部位で14級9号が認定されている場合、骨折や脱臼、靭帯損傷などの器質的損傷が伴っていることが多いですから、痛みや痺れの原因となっている点を主張・立証することで長期の労働能力喪失期間が認められている裁判例も多く存在します。
当事務所の最近の依頼者の事例でも、左距骨骨折後の左足関節痛で14級9号、腰椎捻挫後の腰部痛でも14級9号で併合14級が認定された事例で、加害者側保険会社との交渉で7年間の労働能力喪失期間を認めさせることができたものがあります。
5.まとめ
今回は、神経症状の後遺障害(12級13号・14級9号)の逸失利益の労働能力喪失期間についてご説明しました。
上でご紹介したように、当事務所の弁護士は神経症状の後遺障害でも長期の逸失利益を獲得した経験がありますが、神経症状の場合、本来はもう少し長く逸失利益が認められるべき事案でも、実務上、12級13号で10年間、14級9号で5年間と機械的に決められてしまっていることが多いのが実情です。
交通事故に詳しい弁護士が対応することによって、結果が変わることもありますので、後遺障害でお困りの方は是非お気軽にご相談ください。
私たち優誠法律事務所では、交通事故に関するご相談は初回無料でお受けしております。
よろしければ、関連記事もご覧ください。
12級や14級の後遺障害等級において通常より高い労働能力喪失率が認められた裁判例
【12級13号獲得の事例】
弁護士に依頼することで示談金が増額した事例~右肩腱板損傷・異議申立て・後遺障害12級13号~
【14級9号獲得の事例】
【速報】後遺障害等級認定事例(3)非接触事故~頚椎捻挫・腰椎捻挫~
【速報】後遺障害等級認定事例(4)右直事故~外傷性頚部症候群(頚椎捻挫)~
投稿者プロフィール
法律の問題は、一般の方にとって分かりにくいことも多いと思いますので、できる限り分かりやすい言葉でご説明することを心がけております。
長年交通事故案件に関わっており、多くの方からご依頼いただいてきましたので、その経験から皆様のお役に立つ情報を発信していきます。
■経歴
2005年3月 早稲田大学社会科学部卒業
2005年4月 信濃毎日新聞社入社
2009年3月 東北大学法科大学院修了
2010年12月 弁護士登録(ベリーベスト法律事務所にて勤務)
2021年3月 優誠法律事務所設立
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (出版社:日本実業出版社)
後遺障害診断書を作成してもらえず、裁判で後遺障害等級14級9号前提で和解できた事例
今回は、後遺障害診断書が作成されていないにもかかわらず、訴訟上において後遺障害等級14級9号前提で和解できた事例をご紹介します。
実務上、交通事故によって受傷し、残存してしまった症状について、後遺障害等級の認定を求める場合、後遺障害診断書を作成してもらうことがほぼ必須となります。
しかしながら、様々な理由により、担当医から後遺障害診断書の作成を断られてしまう事例も存在します。
今回のBさんも後遺障害診断書が作成されなかったのですが、訴訟上において後遺障害等級14級9号前提で和解することができました。
同様に後遺障害診断書を作成してもらえずに困っておられる方がいらっしゃいましたら、参考にしていただけますと幸いです。
1.後遺障害とは
交通事故によって受傷した場合、治療によって回復することもありますが、治療を継続しても症状が固定(これ以上よくならないという状態)していまい、不完全な状態で残ってしまうことがあります。
損害賠償の分野においては、このような状態を「後遺障害」と呼ぶことが多いです。
もっとも、単に「後遺障害」が残ったというだけで、直ちに後遺障害に関する損害(例えば、後遺障害慰謝料や後遺障害逸失利益)が認められる訳ではなく、後遺障害等級表に定められている、いずれかの障害に該当する必要があります。
https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/04relief/jibai/payment_pop.html
そのため、まずは、事故の相手方が加入している自賠責保険会社に対して、後遺障害等級認定の申請をすることが基本となります。
また、民事訴訟において、後遺障害等級に該当する旨の主張をすることもあります。
2.後遺障害診断書の重要性
自賠責保険会社に対して後遺障害等級認定の申請する場合も、民事訴訟において後遺障害等級に該当する旨の主張をする場合も、後遺障害診断書を作成してもらうことがほぼ必須となります。
特に、自賠責保険会社に対して申請する場合は、後遺障害診断書が「請求に必要な書類」の1つとして組み込まれているところです。
https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/04relief/jibai/kind.html
後遺障害診断書は、医者が作成する診断書となります。
しかしながら、冒頭で述べたとおり、様々な理由で医者が後遺障害診断書を作成してくれないことがあります。
この場合、後遺障害等級の認定を求めることは非常に困難となります。
3.事例の紹介~後遺障害診断書が作成されずに14級9号前提で和解できた事例~
依頼者Bさんは、自身が乗車していたバイクを直進させていたところ、相手車両が、Bさんの進行を塞ぐような形で対向から右折してきたため、Bさんはなす術もなく相手車両に衝突してしまいました。
その結果、Bさんが乗車していた車両は転倒し、自身の身体も道路に投げ出されて道路に激しく身体が打ち付けられてしまいました。
この事故でBさんは、膝内障や腰部捻挫等の怪我を負いました。
事故後、約6年もの年月が経過していたものの、
①膝周辺から足にかけての冷感・痺れ
②膝が締め付けられるという感覚
が残ったままでした。
そのため、これらの症状について後遺障害等級の認定がなされることを強く希望していたものの、「最初から診ていない」、「症状固定後から時間が経過し過ぎている」などの理由から後遺障害診断書が作成されなかったため、自賠責保険会社に対して後遺障害等級認定の申請ができないという状態でした。
当然ながら、相手方保険会社も、Bさんの後遺障害等級を認めてくれません。
そのため、やむを得ず、交通事故(不法行為)に基づく損害賠償請求訴訟を提起し、同手続内で、後遺障害等級(14級9号)に該当する旨の主張をすることにしました。
4.本件訴訟における争点
民事訴訟において、相手方代理人からは、「Bさんの主張する症状について、後遺障害診断書すら作成されていない。そうすると、症状が残存することについて、医師による診断がなされていないのであるから、裁判所においても後遺障害の認定を行うことはできない」といった主張がなされました。
しかしながら、後遺障害診断書は、自賠責保険会社に対して後遺障害等級認定の申請をする場合の必須書類ではありますが、民事訴訟において後遺障害等級に該当する旨の主張をする場合、そのような拘束がされている訳ではありません。
また、民事訴訟における後遺障害等級の認定は、訴訟に現れた全証拠から、自由な心証に基づいて、裁判所が、その障害等級に該当するのかを判断するものです(自由心証主義)。
したがって、「後遺障害診断書が作成されていないため、裁判所は後遺障害の認定を行うことはできない」という相手方代理人の主張は誤りである旨を指摘しました。
また、本件訴訟においては、概ね以下の対応をしました。
①症状が一貫していなければ通常しなかった行動を複数取り上げて主張。
②画像所見を認めていると受け取られるような相手方保険会社の顧問医による記載があり、これに強く焦点を当てる。
③相手方保険会社作成の医療照会兼回答書の各項目に、後遺障害診断書で記載されるべきことが網羅されていることを挙げる。
5.本件訴訟の結果
双方からの主張が一段落した後、裁判所から、14級9号を前提とする和解案が提示されました。
そして、この和解案はBさんとしても納得できる金額であったため、訴訟上の和解が成立するに至りました。
6.まとめ
このように、Bさんの事例では、後遺障害診断書が作成されていなかったにもかかわらず、民事訴訟において、14級9号前提で和解することができました。
後遺障害診断書が作成されない場合、自賠責保険会社に対して後遺障害等級認定の申請をすることが事実上できなくなるため、後遺障害等級の認定を求めることは非常に困難となります。
そのため、訴訟が必要となりますので、このようなケースでは交通事故を専門とする弁護士にご相談することをお勧めします。
また、Bさんのように交通事故から時間が経ってしまうと、弁護士が対応できることが限られてしまいますので、できる限り早めにご相談ください。
私たちの優誠法律事務所では、交通事故のご相談は無料です。
全国からご相談いただいておりますので、お気軽にご相談ください。
☎0120-570-670
投稿者プロフィール
これまで一般民事事件や刑事事件を中心に、数多くの案件を担当して参りました。
これらの経験を踏まえ、難しい法律問題について、時には具体例を交えながら、分かりやすい内容の記事を掲載させていただきます。
■経歴
2009年3月 明治大学法学部法律学科卒業
2011年3月 東北大学法科大学院修了
2014年1月 弁護士登録(都内上場企業・都内法律事務所にて勤務)
2018年3月 ベリーベスト法律事務所入所
2022年6月 優誠法律事務所参画
■著書・論文
LIBRA2016年6月号掲載 近時の労働判例「東京地裁平成27年6月2日判決(KPIソリューションズ事件)」