今回のテーマは、路外進出車と直進車の交通事故の過失割合と「公益財団法人交通事故紛争処理センター」(通称「紛セ」)の手続きについてです。
今回は、路外のマンションの敷地(路外)に向かって右折しようとしたタクシーと対向車線を直進してきたバイクが衝突した交通事故の過失割合が問題になった事例をご紹介します。
この事案では、交渉が決裂してしまい、交通事故紛争処理センターでの解決を目指して申立てを行い、最終的に紛争処理センターの審査会の裁定で解決しました。
紛争処理センターは、裁判よりも比較的早期の解決が期待できるため、交通事故の示談交渉がうまく進まないときに解決方法として用いられます。
しかし、一般の方にはあまり馴染みがないと思いますので、今回の記事では紛争処理センターでの手続きやルールについても詳しくご説明します。
交通事故の示談交渉がなかなかうまく進まないというお悩みをお持ちの方は、ご参考にしていただけますと幸いです。
このページの目次
1.今回の依頼者~路外進出車(右折車)と対向直進車の自動車VS二輪車の交通事故~
今回の依頼者Vさんは、神奈川県在住で
・交通事故は片側1車線道路で発生
・Vさんは事故現場の道路を二輪車で直進していた
・相手(タクシー)は、乗客の指示で相手から見て右側のマンション敷地に入るために右折を開始した
・Vさんは、直前に路上駐車していた車を避けてセンターライン付近まで膨らんで走行し、衝突時には道路左側に寄っていた
・相手方にはドライブレコーダーがあり、対向直進二輪車(Vさん)の姿がはっきり映っているが、相手方は右折開始から衝突まで減速した様子がない
・相手方に過失割合30:70を主張されている
・交通事故によるVさんの怪我は頚椎捻挫・左肘打撲
・治療期間は約3ヶ月間
・弁護士費用特約が使用可能
という内容でした。
【本件の争点】過失割合
上の図が本件の交通事故発生状況です。
Vさんは、この直前に路上駐車の自動車を避けるためにセンターライン側に膨らんで走行しましたが、衝突の際には道路左側に寄って走行していました。
この時、Vさんによると、対向車のタクシー(相手方)が急にウインカーを出して右折しようとしているのは分かったものの、当然相手は自分が通り過ぎるまで待つだろうと思って減速しなかったそうです。
ところが、相手方がそのまま右折してきたため、避けられずに衝突してしまったとのことでした。
一方、相手方は、事故直後は、乗客に急に右のマンションに入るように言われて慌てて右折してしまい、前方をよく確認できていなかったと述べていたとのことでした。
この事故でVさんは左側に転倒して左肘などを負傷してしまい、3ヶ月ほど整形外科に通院しました。
そして、Vさんは、通院中もバイクの賠償について相手方保険会社と交渉していましたが、相手方がこの交通事故の過失割合は30(Vさん):70(相手方)と主張しており、全く交渉が進みませんでした。
Vさんとしては、道路を直進走行していただけで、相手方が前方の安全確認が不十分なまま右折を開始し、しかもそのまま減速しなかったことで本件事故が起きたという認識でしたので、ご自身に過失があるとしても10%くらいと考えており、相手方の過失割合の主張には不満がありました。
その後、Vさんは治療終了後にもお怪我の通院慰謝料も併せて相手方保険会社と交渉をしましたが、相手方が過失割合30:70を譲らず、交渉が進みませんでしたので、ご自身の保険の弁護士費用特約を使って私たちに交渉を依頼したいとのことでご相談いただきました。
2.基本過失割合と修正要素(判例タイムズ220図)
では、まず今回の交通事故の基本過失割合を考えます。
(「基本過失割合とは?」については、当事務所の公式ブログの記事で説明していますから、こちら(過失割合を修正できた事例~駐車場内の交通事故その1~)もご覧ください。)
今回のような路外進出車と直進二輪車の交通事故の基本過失割合は、別冊判例タイムズの220図によって、10(直進二輪車):90(路外進出車)とされています。
相手方保険会社は、今回の交通事故の過失割合は、この基本過失割合の10(Vさん):90(相手方)から、Vさんの速度違反で10%、著しい過失で10%、併せて20%修正し、30:70が妥当だと主張していました。
しかし、資料を見る限り、相手方保険会社の主張する修正要素はいずれも妥当ではないと考えられました。
まず、判例タイムズ220図は、直進二輪車に時速15km以上の速度違反があった場合に10%、30km以上の速度違反があった場合に20%修正するとしています。
本件の事故現場の道路の制限速度は時速30kmでしたので、Vさんがそこから時速15km以上の速度違反、つまり時速45km以上で走行していなければ、修正要素にはなりません。
そこで、私たちは、相手方にVさんが時速45km以上で走行していたことの証拠が何かあるのか聞いたところ、何もないということでこの点はあっさり撤回しました。
また、併せて、どのような点が著しい過失だと主張するのか聞いたところ、Vさんが路上駐車の車両を避けるためにセンターラインを越えて対向車線にはみ出して走行したことが蛇行運転で著しい過失だと主張していました。
この点に対しては、私たちは、直前に路上駐車の車を避けただけで、センターラインは超えておらず、衝突時には道路左側に寄って走行していた訳なので、著しい過失には該当しないと主張しました。
しかし、相手方がこれについては譲りませんでした。
私たちは、逆に、相手方のドライブレコーダーを見る限り、相手方が右折を開始してから衝突するまで減速していないため、衝突直前までVさん車両に気が付いていないと考えられましたので、この点が著しい前方不注視にあたり、むしろVさんに有利に10%修正するべきと反論しました。
3.交渉の経過と交通事故紛争処理センターへの申立ての決断
上記のように、過失割合30:70を主張していた相手方保険会社に対して、私たちは、Vさんに不利に修正する修正要素はなく、逆に相手方の著しい過失でVさんに有利に10%すべき(これが認められると0:100になります)と主張しました。
これに対して、相手方は20:80までは認めたものの、それ以上は譲らないと主張したため、交渉で示談することは困難になりました。
そこで、裁判を提起することも考えましたが、裁判の場合には解決まで1年程度かかることもあり、Vさんとしては、できれば裁判は避けたいというご希望でした。
また、今回は、争点が過失割合と慰謝料の金額(相手方保険会社は裁判所基準の通院慰謝料の90%~95%までしか出せないと主張していましたが、これは単に裁判ではないから満額は出せないという主張で、保険会社としては通常の対応です。)のみで、複雑な争点はありませんでしたので、裁判より早期解決が望める交通事故紛争処理センターでの解決を目指すことにしました。
4.交通事故紛争処理センターの手続き
交通事故紛争処理センターでの手続きは、和解斡旋と審査会という2段階になります(弁護士に依頼せずに被害者自身が申立てをする場合には、基本的に初回は被害者のみの相談面談が行われます。)。
⑴和解斡旋
和解斡旋の手続きでは、まずは、センター側の担当弁護士(嘱託弁護士)が、申立側と相手側の双方から事情を聞き、話し合いで和解ができないか協議することが一般的です。
この手続きは、裁判所の民事調停と似たような流れといえます。
そして、嘱託弁護士を交えた協議によって和解が成立すれば、その時点で示談成立となり、手続きが終了します。
協議だけでは和解が成立しない場合には、センターとして妥当と思われる内容で「斡旋案」を作成し、双方に提示することになります。
双方がこの斡旋案に合意すれば、この時点で示談が成立し、手続きが終了します。
多くの場合、相手方保険会社がセンターの斡旋案を尊重して受け入れますので、この段階で示談が成立することが大多数といえます。
この和解斡旋の手続きは、基本的に1回1時間とされており、1回で斡旋案を出すところまで行くケースもありますが、実務上の感覚では、だいたい2~3回で終わることが多い印象です。
1ヶ月程度間隔を空けて期日が入りますので、解決までに3~4ヶ月かかることが多いと思います。
ただ、この斡旋案には拘束力はありませんので、相手方保険会社も不満があれば断ることができます。もちろん、申立側が斡旋案を断ることもできます。
そして、斡旋が不調(不成立)となった場合には、申立側が審査会への移行を申し立てることができます。なお、この時点で紛争処理センターでの手続きを諦めて、審査会には進まずに裁判を起こすことも可能です。
⑵審査会
審査会の手続きでは、斡旋段階を担当した嘱託弁護士ではなく、別の3名の審査委員が事案を審査することになります。
審査会は、話し合いの場ではなく、紛争処理センターとして妥当と考える最終結果を「裁定」という形で提示する手続きですので、裁判の判決をもらうイメージです。
地域によって手続きに違いがありますが、東京本部の審査会は、まず双方から事情の聞き取りを行い、その日のうちに裁定を出しますので、基本的に1回で終わります。
そして、この裁定には片面的拘束力があり、相手方保険会社はこの裁定の内容に不満があっても断ることができません。
そのため、申立側が、審査会の裁定に同意すると、自動的に示談が成立します。
一方、申立側は断ることもできますが、断った場合もセンターでの手続きは終了になりますので、その後に裁判等の別の手続きで解決を目指すことになります。
⑶その他のルール
紛争処理センターの基本的な仕組みは上記のとおりですが、他にも独自の手続き、ルールがいくつかありますので、そのうち重要だと思われるものをいくつかご説明します。
①加害者が自動車(二輪車や原付自転車も含む)以外の場合は対象外
例えば、加害者が自転車などの場合には、対象外となり、申立てができません。
②一部の任意保険は対象外
一部の共済など、相手方が加入している任意保険によっては申立てができない場合があります。
③訴訟移行要請が出される場合がある
相手方保険会社が、紛争処理センターでの和解斡旋が適切ではないと考える場合、訴訟(裁判)に移行するよう申し立てることができます。
例えば、医学的な争いがあって高度な主張立証を必要とする事案などは、紛争処理センターの和解斡旋では限界がありますので、裁判所で争うべきといえます。
相手方から訴訟移行要請が出た場合には、センターの訴訟移行委員会でセンターでの手続きを継続するべきか否か判断がなされ、訴訟移行が妥当と判断された場合には、センターでの手続きは終了となってしまいます。
④双方過失物損事案の審査会移行には双方の同意が必要
双方に過失がある事故の物的損害の手続きでは、審査会に移行する際、双方が審査会の裁定に従うという同意をしなければ、審査会に移行できません。
そのため、双方に過失がある事故の物的損害については、審査会に進んだ場合、裁定の内容を双方が受け入れるしかありませんので、自動的に示談が成立することになります。
なお、同一事故でも人身損害は別扱いとなり、相手の同意がなくても人身損害だけを審査会に移行することは可能です。
その他、紛争処理センターでの手続きの詳細は、センターのホームページ(https://www.jcstad.or.jp/guidance/)もご参照ください。
5.本件の紛争処理センターでの手続き~審査会で10:90の裁定~
⑴和解斡旋の経過
今回の事例では、紛争処理センターでの和解斡旋の手続きでも、相手方はVさんに著しい過失があったとの主張にこだわり、ドライブレコーダーを提出して衝突直前のVさんの走行方法に問題があったと主張し続け、過失割合20:80から譲りませんでした。
一方、Vさんとしては、10:90であれば和解してもいいというお考えでしたので、相手方が10:90まで認めるのであれば、私たちは柔軟に対応するつもりでした。
しかし、相手方が態度を変えなかったため、私たちも、相手方のドライブレコーダーの映像を基に、Vさんの走行方法に問題はないことを指摘しつつ、むしろ相手方が右折開始から衝突まで減速していないことを主張して、相手方が前方を見ていなかったことは明らかなので、これが相手方の著しい過失に当たると基本過失割合から10%の修正を主張しました。
なお、相手方はこの前方不注視は基本過失割合に含まれる程度のものだ(著しい過失ではない)と反論していました。
そのため、斡旋担当の嘱託弁護士が、話し合いでの和解は難しいと判断して斡旋案を出すことになりました。
そして、その斡旋案は、過失割合10:90という内容でしたので、Vさんは応じることにしました。
しかし、相手方保険会社がこの斡旋案を断りましたので、審査会に進むことになりました。
⑵審査会の経過
Vさんは神奈川県在住でしたので、今回は紛争処理センターの東京本部に申立てをしていました。
東京本部の審査会では、基本的に申立側と相手方が入れ替わりで、それぞれ審査委員から聞き取りが行われますので、相手方がどのような主張をしたかは不明ですが、双方とも新しい主張や証拠は出しませんでしたので、おそらく斡旋段階までと同じくVさんの走行方法に問題があったと主張したものと思われます。
上でもご説明しましたが、東京本部の審査会は基本的に1回の手続きで裁定まで進みますので、そのまま裁定が出され、その内容は過失割合10:90が妥当というものでした。
また、慰謝料については裁判所基準の満額が認められました。
Vさんとしては、最低ラインと考えていた過失割合10:90が認められたため、この裁定に同意し、示談が成立しました。
6.まとめ
今回は、紛争処理センターでの手続きのご説明をしつつ、審査会の裁定で過失割合が10:90となったVさんの事例をご紹介しました。
Vさんの場合は、審査会まで進んだこともあり、申立てから示談成立までに5ヶ月程度かかりましたが、それでも裁判よりは早期に解決することができました。
どうしても裁判は時間がかかりますし、裁判をするというだけでも精神的に負担に感じる方もいらっしゃいますので、事案によっては、この紛争処理センターの手続きがとても有効な場合があります。
弁護士によって色々考え方の違いはあると思いますが、私たちの優誠法律事務所では、個々の事案に適した解決方法を検討してご提案したいと考えており、紛争処理センターでの手続きも積極的に行っています。
交通事故でお困りの方は、ぜひ一度ご相談ください。全国からご相談いただいております。
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投稿者プロフィール
法律の問題は、一般の方にとって分かりにくいことも多いと思いますので、できる限り分かりやすい言葉でご説明することを心がけております。
長年交通事故案件に関わっており、多くの方からご依頼いただいてきましたので、その経験から皆様のお役に立つ情報を発信していきます。
■経歴
2005年3月 早稲田大学社会科学部卒業
2005年4月 信濃毎日新聞社入社
2009年3月 東北大学法科大学院修了
2010年12月 弁護士登録(ベリーベスト法律事務所にて勤務)
2021年3月 優誠法律事務所設立
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (出版社:日本実業出版社)