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遷延性意識障害(意識のない寝たきり状態)と慰謝料

2024-07-28

交通事故は突然の出来事であり、重大な被害をもたらすことも少なくありません。

本記事では、交通事故の被害者が、意識が戻らないまま寝たきり状態(遷延性意識障害)となってしまったケースにつき、慰謝料の相場や請求方法について解説していきます。

1.遷延性意識障害とは?

⑴ 遷延性意識障害の定義

意識が戻らないままの寝たきり状態は、過去には「植物状態」などと呼ばれ,診断名としては「遷延性意識障害」といわれるものです。

日本では、1972年に日本脳神経外科学会から、「植物状態」の定義が発表されており、同発表によりますと、その定義は以下のとおりです。

脳損傷を受けた後で、以下に述べる6項目を満たす状態に陥り、ほとんど改善が見られないまま満3か月以上経過したもの

①自力移動不可能

②自力摂食不可能

③し尿失禁状態にある

④たとえ声は出しても意味のある発語は不可能

⑤「目を開け」「手を握れ」などの命令にはかろうじて応じることもあるが、それ以上の意志の疎通は不可能

⑥眼球はかろうじて物を追っても認識はできない

⑵ 交通事故で遷延性意識障害になる原因

交通事故で遷延性意識障害になる原因はさまざまですが、主なものとしては頭部への強い衝撃、すなわち頭部外傷による脳損傷が挙げられます。

例えば、歩行者と自動車との事故によって、歩行者の頭部がフロントガラスに打ち付けられるなど、交通事故被害者の頭部に強度の外力が加わった時に発症することがあります。

2.遷延性意識障害になった被害者の権利

⑴ 慰謝料の請求権

交通事故の被害者は、加害者や加害者の加入する保険会社に対し、自身が被った精神的な損害を賠償するよう請求することができます。

この精神的な損害のことを「慰謝料」と呼びます。

遷延性意識障害になってしまった被害者は、意識が戻らない限りご自身が損害賠償請求をすることはできませんが、慰謝料の請求権は当然に認められます。

⑵ その他の損害賠償

加害者が、上記のとおり慰謝料の支払義務を負うのは、民法の不法行為責任(709条)や、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」といいます。)の運行供用者責任(3条)に基づくものです。

これらの法律では、交通事故の加害者は、被害者に生じた「損害」を賠償する義務を負います。

そのため、交通事故加害者は、慰謝料のほかにも、治療費・通院交通費・入院雑費・休業損害・後遺障害逸失利益・後遺障害慰謝料など被害者が被った損害を賠償しなければなりません。

3.遷延性意識障害になった場合の慰謝料相場

⑴ 一般的な慰謝料相場

遷延性意識障害になってしまったときに、加害者に請求することができる慰謝料には、次の傷害慰謝料と後遺障害慰謝料があります。

①傷害慰謝料(入通院慰謝料)

傷害慰謝料は、けがを負ったことに対する慰謝料を指します。

傷害慰謝料は入通院慰謝料とも言われ、その額は、一般的には入通院の期間等によって計算されます。

遷延性意識障害の状態になってしまう場合には、交通事故後直ちに救急搬送され、その後も入院が継続されていることが多いかと思います。

また、慰謝料基準については、自賠責保険基準、任意保険基準、裁判所基準などと呼ばれる基準があります。

一般的には、自賠責保険基準が最も低く、裁判所基準が最も高い金額になります。

裁判所基準で、入院期間を1年間として慰謝料を計算すると、傷害慰謝料の額は、およそ321万円になります。

②後遺障害慰謝料

後遺障害慰謝料は、後遺障害が残存する場合、すなわち治療を継続してもこれ以上良くならないという状態(これを一般的に「症状固定」といいます)になった時に、残存した症状が自賠法上の後遺障害に該当する場合には、これを請求することができます。

自賠法上の後遺障害は、最も重い1級から14級まで等級が定められています。

遷延性意識障害の状態である場合には、1級に該当する場合が多いでしょう。

裁判所基準で後遺障害等級1級に該当するものとすると、後遺障害慰謝料の額はおよそ2800万円です。

なお、このように重大な後遺障害が残存した場合には、交通事故被害者の慰謝料のほか、近親者の慰謝料が認められる場合も少なくありません。

⑵ 被害者の属性や事故状況による相場の変動

その他、事故状況が特に悪質である場合には、慰謝料基準を増額することがありますし、被害者の属性(年齢・収入・同居家族の有無)によって、近親者の慰謝料の額も増減することがあります。

4.慰謝料等の請求手続

⑴ 治療・症状固定

傷害慰謝料は入通院期間等をもとに算定され、また後遺障害慰謝料は症状固定を迎えなければ計算することができませんので、慰謝料の請求をするには、まずどのような慰謝料が発生したのかを確定させるため、治療を継続しなければなりません。

そのため、原則として、治療中に相手方に対し慰謝料を請求することは出来ません。  

⑵ 後遺障害の認定

治療が終わったら、残存した症状がどのような後遺障害に該当するのかを明らかにするため、加害者の加入する自賠責保険に対し、後遺傷害部分の保険請求(後遺障害申請)を行うことが通常です。

⑶ 損害計算・保険会社との交渉

治療が終わり、後遺障害等級も認定されたら、交通事故によって交通事故被害者の方が被った損害額を算定することができるようになります。

損害額を算定したら、加害者または加害者の加入する任意保険会社に対し、当該損害を賠償するよう求めます。

5.弁護士のサポートが重要な理由

⑴ 適切な慰謝料額を算定

上記のとおり、交通事故の被害者が加害者に対して慰謝料を含む適切な損害賠償を求めるには、適切な損害計算をすることができなければなりません。

しかしながら、適切な損害計算を自ら行うということは簡単なことではありません。

また、弁護士に依頼しなければ、慰謝料は、基本的に弁護士が用いる裁判所基準よりも低い任意保険会社基準によって計算されますので、相手方に計算を任せたり、それを簡単に信用することはお勧めしません。

弁護士に依頼すれば、適切な慰謝料を請求することができます。

⑵ スムーズな手続きの進行

慰謝料の請求までには、治療を行い、後遺障害の認定を受ける必要があります。

家族が遷延性意識障害となり、寝たきりになってしまったときには、生活が一変します。

そのような中で、相手方の保険会社とやり取りをしたり、後遺障害の認定を受けるために必要な書類を確認し、用意することは簡単なことではありません。

弁護士に依頼すれば、この先どのように手続きが進むのか先行きが明確になりますし、その多くの手続を弁護士に任せることが可能です。

⑶ 保険会社との交渉力

慰謝料の交渉もそうですが、相手方保険会社との交渉を行うことは容易ではありません。

交通事故によって遷延性意識障害になってしまったときに、加害者側から将来の損害分(将来治療費や後遺障害逸失利益)について、今後の死亡リスクが高いものとして、これらの期間を短くすべきとの主張がなされることがあります。

結論として、このような主張が通る可能性は高くありませんが、突然このような主張をされたら「そうなのかも」と思ってしまうのも無理はありません。

弁護士に依頼すれば、専門的な知見に基づき、保険会社と交渉しますので、適切な損害賠償を求めていくことができます。  

6.まとめ

交通事故で遷延性意識障害になった場合の慰謝料請求は、多くの要素が関わるため繊細で複雑なものです。適切な慰謝料の賠償を求めるためには専門的な知識が必要です。

また、適切な慰謝料額の算定や保険会社との交渉など、弁護士のサポートが不可欠です。被害者やその家族が十分な補償を受けるために、弁護士事務所と連携し、慰謝料請求の手続きを進めていくことが重要です。

もし、ご家族や近しい方が交通事故によって遷延性意識障害となり、寝たきりの状態になってしまったときには、是非早期にご相談ください。

よろしければ、関連記事もご覧ください。

交通事故で遷延性意識障害などの寝たきりになった場合の慰謝料請求の相場と手続

投稿者プロフィール

弁護士栗田道匡の写真
 栗田道匡 弁護士

2011年12月に弁護士登録後、都内大手法律事務所に勤務し、横浜支店長等を経て優誠法律事務所参画。
交通事故は予期できるものではなく、全く突然のものです。
突然トラブルに巻き込まれた方のお力になれるように、少しでもお役に立てるような記事を発信していきたいと思います。
■経歴
2008年3月 上智大学法学部卒業
2010年3月 上智大学法科大学院修了
2011年12月 弁護士登録、都内大手事務所勤務
2021年10月 優誠法律事務所に参画
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (共著、出版社:日本実業出版社)

道路進行車と路外からの進入車の交通事故の過失割合を修正できた事例

2024-06-23

今回のテーマは、道路進行車と路外からの進入車との交通事故の過失割合です。

今回は、片側2車線の国道の第2車線を走行していた車と路外の飲食店の駐車場から直接第2車線に進入してきた車が衝突した事例についてご紹介します。

以前、当事務所のブログで、駐車場内の交通事故についてご紹介した記事で、

●過失割合とは?

●基本過失割合とは?

●弁護士にご依頼いただいた場合の過失割合の争い方

など、過失割合の基本的なことを解説していますので、是非こちらの記事(過失割合を修正できた事例~駐車場内の交通事故その1~もご覧ください。

これまで全国の方々から、当交通事故専門サイトや当事務所のブログに掲載している事例と同じような事故の過失割合で困っているとのご相談をいただいておりますが、今回ご紹介するTさんの事例も、道路進行車と路外からの進入車の交通事故という意味では、比較的よく発生する交通事故の類型ですので、同じようなことでお困りの方の参考になれば幸いです。

1.今回のご相談内容~道路進行車と路外からの進入車の交通事故~

今回の依頼者Tさんは、東京都在住で

・交通事故は片側2車線の国道上

・Tさんは第2車線を走行していた

・相手方は路外の飲食店の駐車場から国道に左折で進入

・相手方は路外から直接第2車線に進入

・Tさんの車両の左前部に相手方の右前部が接触

・相手方に過失割合20:80を主張されている

・交通事故による怪我は頚椎捻挫・右手関節捻挫

・治療期間は約6ヶ月間

・弁護士特約が使用可能

という内容でした。

【本件の争点】過失割合

本件事故現場の写真

上の写真が本件の交通事故現場です(相手方は矢印の部分から道路に進入してきました。)。

Tさんが、この事故現場を通りかかった際、第1車線は比較的車が多かったものの、第2車線のTさんの前方は、先行車との距離が結構空いていました。

そのため、Tさんは第2車線を法定速度程度で走行していました。

一方、相手方は、左側の飲食店の駐車場から道路に進入しようとして、第1車線の車の流れが切れるのを待っていました。

そして、ちょうどTさんが通りかかる直前で少し第1車線の車の間隔が空いたため、道路に進入してきました。

この際、第1車線が比較的混んでいたことから、相手方は直接第2車線に進入してきました。

相手方は、このとき第1車線の自動車にばかり気を取られており、第2車線をTさんが走行してきていることに気が付いておらず、衝突して初めてTさんの車に気が付いた状態でした。

Tさんとしては、このような通行量の多い国道でいきなり路外から第2車線に進入してくる車がいるとは予想できず、しかも、第1車線が比較的車の多い状態で直前まで相手方が路外から道路に進入しようとしている様子が見えなかったこと、相手方の動きが第1車線に進入するような動きに見えたこともあり、全く避けることができませんでした。

この事故でTさんは頚椎捻挫・右手関節捻挫の怪我を負ってしまいました。

相手方保険会社は、この交通事故の過失割合は20(Tさん):80(相手方)と主張してきました。

Tさんとしては、ただ国道を走行していただけであり、相手方が路外からいきなり第2車線に進入するという予測できない動きをし、しかも第2車線を全く確認していなかったことが今回の交通事故の原因と考えており、ご自身に過失があると主張されたことに強い不満がありました。

その後、Tさんはご自身で相手方保険会社と交渉しましたが、相手方が態度を変えず、話が進みませんでした。

そこで、ご自身の自動車保険の弁護士費用特約を使って私たちに交渉を依頼したいとのことで、ご相談にいらっしゃいました。

2.基本過失割合は?(別冊判例タイムズ148図)

まず、今回の交通事故の基本過失割合を考えます。

(「基本過失割合とは?」については、当事務所のブログで説明していますから、こちらもご覧ください。)

今回のような道路走行車と路外からの進入車が衝突した事故類型の基本過失割合は、別冊判例タイムズの148図によって、20(直進車):80(路外からの進入車)とされています。

相手方保険会社は、今回の交通事故合は、この基本過失割合の20(Tさん):80(相手方)が妥当であると主張していました。

判例タイムズ148図
基本過失割合Ⓐ20:Ⓑ80

確かに、今回の交通事故の場合、別冊判例タイムズの148図と同じく、道路進行車と路外からの進入車の交通事故ですので、基本過失割合が20:80になることはやむを得ないと考えられました。

しかし、別冊判例タイムズの148図では、以下のような道路進行車に有利に過失割合を修正する修正要素が認められています。

進入車徐行なし:10%

幹線道路:5%

その他の著しい過失:10%

その他の重過失:20%

今回の交通事故で、Tさんの過失を基本過失割合の20%から修正するためには、上記のようなTさんに有利な修正要素があることを主張する必要がありました。

また、今回の場合は、もともとTさんがご自身の過失0%を主張したいとお考えであったこともあり、私たちも極力ご希望に沿う主張ができないか検討しました。

そこで、私たちは、まず本件事故現場の道路を確認したところ、片側2車線の国道でしたので、明らかに幹線道路と評価できると考え、この点で5%の修正を主張しました。

また、Tさんの車両のドライブレコーダーの映像を確認したところ、相手方は、路外から道路に進入した後、第2車線内でTさんの車両に衝突するまで全く減速しておらず、その動きから第2車線の右方を確認せずに進入していることが明らかでした。

判例タイムズでは、著しい前方不注視は、「その他の著しい過失」として10%の修正要素になり得るとされていますが、本件は相手方が交通量の多い国道で路外から第2車線に直接進入するという危険な運転をしているにもかかわらず、その合流先の第2車線を確認していないという点は、著しい過失として10%の修正、もしくはそれ以上の修正要素になり得ると主張しました。

3.交渉の結果~過失割合5:95で解決~

上記のように、別冊判例タイムズ148図の基本過失割合20:80を主張していた保険会社に対して、私たちは、

幹線道路で5%修正すべき

相手方が、第2車線を確認せずに漫然と第2車線に進入しているから、著しい過失もしくは重過失で10~15%修正すべき

と2点の修正要素を主張しました。

これに対して、当初、相手方保険会社は、

①幹線道路であることは争わず、5%修正は認める

②路外から直接第2車線に進入してはいけないという法規制はなく、第2車線の確認不足も基本過失割合の80%の中に含まれているため、著しい過失については認められず、幹線道路修正後の15:85からは修正できない

と回答してきました。

そこで、私たちは、類似の裁判例を探したところ、「第1車線渋滞中に路外からの進入車が直接第2車線へ進入した交通事故」や、「路外からの進入車が直接第3車線へ進入した交通事故」で、それぞれ過失割合0:100と判断されている裁判例が見つかりましたので、相手方保険会社にこれらの裁判例も提示して、本件も過失割合0:100が妥当であると再反論しました。

その結果、相手方保険会社は、私たちが提示した裁判例はTさんの交通事故とは多少状況が異なり、そのまま0:100を受け入れることはできないものの、著しい過失での10%の修正は認め、5(Tさん):95(相手方)であれば示談に応じると回答してきました。

そこで、私たちがTさんに相談したところ、Tさんとしては、ただ第2車線を走っていただけのご自身に過失はないと主張したいお気持ちが強かったものの、Tさんの車両修理費が高額で裁判になって解決まで長期化すると一旦立て替える必要があって負担が大きいことや、双方が動いていた交通事故では0:100の判決を得るのは難しいと周囲に助言を受けたとのことで、5%ならば仕方ないとのお考えになり、5:95での示談を了承されました。

4.まとめ

今回の交通事故では、交渉の結果、過失割合が

20:80→5:95

となり、当初Tさんが希望されていた0:100までは修正できませんでしたが、Tさんも相手方保険会社の担当者と直接お話になっていて、態度が強硬であったことは認識されていましたので、当初の相手方の主張から15%も修正できた点については、ご自身だけではこのような結果にはならなかったと喜んでいただけました。

今回のような道路進行車と路外からの進入車の交通事故は、よくある事故類型ですので、Tさんと同じように過失割合でお困りの方も多いと思います。

私たちの優誠法律事務所では、交通事故のご相談は無料でお受けしておりますので、お気軽にご相談ください。

全国からご相談いただいております。

0120-570-670

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交通事故紛争処理センターで過失割合を争った事例~路外進出車と直進二輪車の交通事故~

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過失割合を修正できた事例~駐車場内の交通事故その7~

投稿者プロフィール

弁護士甘利禎康の写真
 甘利禎康 弁護士

法律の問題は、一般の方にとって分かりにくいことも多いと思いますので、できる限り分かりやすい言葉でご説明することを心がけております。
長年交通事故案件に関わっており、多くの方からご依頼いただいてきましたので、その経験から皆様のお役に立つ情報を発信していきます。
■経歴
2005年3月 早稲田大学社会科学部卒業
2005年4月 信濃毎日新聞社入社
2009年3月 東北大学法科大学院修了
2010年12月 弁護士登録(ベリーベスト法律事務所にて勤務)
2021年3月 優誠法律事務所設立
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (出版社:日本実業出版社)

交通事故紛争処理センターで過失割合を争った事例~路外進出車と直進二輪車の交通事故~

2024-05-18

今回のテーマは、路外進出車と直進車の交通事故の過失割合と「公益財団法人交通事故紛争処理センター」(通称「紛セ」)の手続きについてです。

今回は、路外のマンションの敷地(路外)に向かって右折しようとしたタクシーと対向車線を直進してきたバイクが衝突した交通事故の過失割合が問題になった事例をご紹介します。

この事案では、交渉が決裂してしまい、交通事故紛争処理センターでの解決を目指して申立てを行い、最終的に紛争処理センターの審査会の裁定で解決しました。

紛争処理センターは、裁判よりも比較的早期の解決が期待できるため、交通事故の示談交渉がうまく進まないときに解決方法として用いられます。

しかし、一般の方にはあまり馴染みがないと思いますので、今回の記事では紛争処理センターでの手続きやルールについても詳しくご説明します。

交通事故の示談交渉がなかなかうまく進まないというお悩みをお持ちの方は、ご参考にしていただけますと幸いです。

1.今回の依頼者~路外進出車(右折車)と対向直進車の自動車VS二輪車の交通事故~

今回の依頼者Vさんは、神奈川県在住で

・交通事故は片側1車線道路で発生

・Vさんは事故現場の道路を二輪車で直進していた

・相手(タクシー)は、乗客の指示で相手から見て右側のマンション敷地に入るために右折を開始した

・Vさんは、直前に路上駐車していた車を避けてセンターライン付近まで膨らんで走行し、衝突時には道路左側に寄っていた

・相手方にはドライブレコーダーがあり、対向直進二輪車(Vさん)の姿がはっきり映っているが、相手方は右折開始から衝突まで減速した様子がない

・相手方に過失割合30:70を主張されている

・交通事故によるVさんの怪我は頚椎捻挫・左肘打撲

・治療期間は約3ヶ月間

弁護士費用特約が使用可能

という内容でした。

【本件の争点】過失割合

事故発生状況図(路外進出車と直進二輪車の事故)

上の図が本件の交通事故発生状況です。

Vさんは、この直前に路上駐車の自動車を避けるためにセンターライン側に膨らんで走行しましたが、衝突の際には道路左側に寄って走行していました。

この時、Vさんによると、対向車のタクシー(相手方)が急にウインカーを出して右折しようとしているのは分かったものの、当然相手は自分が通り過ぎるまで待つだろうと思って減速しなかったそうです。

ところが、相手方がそのまま右折してきたため、避けられずに衝突してしまったとのことでした。

一方、相手方は、事故直後は、乗客に急に右のマンションに入るように言われて慌てて右折してしまい、前方をよく確認できていなかったと述べていたとのことでした。

この事故でVさんは左側に転倒して左肘などを負傷してしまい、3ヶ月ほど整形外科に通院しました。

そして、Vさんは、通院中もバイクの賠償について相手方保険会社と交渉していましたが、相手方がこの交通事故の過失割合は30(Vさん):70(相手方)と主張しており、全く交渉が進みませんでした。

Vさんとしては、道路を直進走行していただけで、相手方が前方の安全確認が不十分なまま右折を開始し、しかもそのまま減速しなかったことで本件事故が起きたという認識でしたので、ご自身に過失があるとしても10%くらいと考えており、相手方の過失割合の主張には不満がありました。

その後、Vさんは治療終了後にもお怪我の通院慰謝料も併せて相手方保険会社と交渉をしましたが、相手方が過失割合30:70を譲らず、交渉が進みませんでしたので、ご自身の保険の弁護士費用特約を使って私たちに交渉を依頼したいとのことでご相談いただきました。

2.基本過失割合と修正要素(判例タイムズ220図)

では、まず今回の交通事故の基本過失割合を考えます。

(「基本過失割合とは?」については、当事務所の公式ブログの記事で説明していますから、こちら(過失割合を修正できた事例~駐車場内の交通事故その1~もご覧ください。)

今回のような路外進出車と直進二輪車の交通事故の基本過失割合は、別冊判例タイムズの220図によって、10(直進二輪車):90(路外進出車)とされています。

判例タイムズ220図
基本過失割合Ⓐ10:Ⓑ90

相手方保険会社は、今回の交通事故の過失割合は、この基本過失割合の10(Vさん):90(相手方)から、Vさんの速度違反で10%著しい過失で10%、併せて20%修正し、30:70が妥当だと主張していました。

しかし、資料を見る限り、相手方保険会社の主張する修正要素はいずれも妥当ではないと考えられました。

まず、判例タイムズ220図は、直進二輪車に時速15km以上の速度違反があった場合に10%、30km以上の速度違反があった場合に20%修正するとしています

本件の事故現場の道路の制限速度は時速30kmでしたので、Vさんがそこから時速15km以上の速度違反、つまり時速45km以上で走行していなければ、修正要素にはなりません。

そこで、私たちは、相手方にVさんが時速45km以上で走行していたことの証拠が何かあるのか聞いたところ、何もないということでこの点はあっさり撤回しました。

また、併せて、どのような点が著しい過失だと主張するのか聞いたところ、Vさんが路上駐車の車両を避けるためにセンターラインを越えて対向車線にはみ出して走行したことが蛇行運転で著しい過失だと主張していました。

この点に対しては、私たちは、直前に路上駐車の車を避けただけで、センターラインは超えておらず、衝突時には道路左側に寄って走行していた訳なので、著しい過失には該当しないと主張しました。

しかし、相手方がこれについては譲りませんでした。

私たちは、逆に、相手方のドライブレコーダーを見る限り、相手方が右折を開始してから衝突するまで減速していないため、衝突直前までVさん車両に気が付いていないと考えられましたので、この点が著しい前方不注視にあたり、むしろVさんに有利に10%修正するべきと反論しました。

3.交渉の経過と交通事故紛争処理センターへの申立ての決断

上記のように、過失割合30:70を主張していた相手方保険会社に対して、私たちは、Vさんに不利に修正する修正要素はなく、逆に相手方の著しい過失でVさんに有利に10%すべき(これが認められると0:100になります)と主張しました。

これに対して、相手方は20:80までは認めたものの、それ以上は譲らないと主張したため、交渉で示談することは困難になりました。

そこで、裁判を提起することも考えましたが、裁判の場合には解決まで1年程度かかることもあり、Vさんとしては、できれば裁判は避けたいというご希望でした。

また、今回は、争点が過失割合と慰謝料の金額(相手方保険会社は裁判所基準の通院慰謝料の90%~95%までしか出せないと主張していましたが、これは単に裁判ではないから満額は出せないという主張で、保険会社としては通常の対応です。)のみで、複雑な争点はありませんでしたので、裁判より早期解決が望める交通事故紛争処理センターでの解決を目指すことにしました。

4.交通事故紛争処理センターの手続き

交通事故紛争処理センターでの手続きは、和解斡旋審査会という2段階になります(弁護士に依頼せずに被害者自身が申立てをする場合には、基本的に初回は被害者のみの相談面談が行われます。)。

⑴和解斡旋

和解斡旋の手続きでは、まずは、センター側の担当弁護士(嘱託弁護士)が、申立側と相手側の双方から事情を聞き、話し合いで和解ができないか協議することが一般的です。

この手続きは、裁判所の民事調停と似たような流れといえます。

そして、嘱託弁護士を交えた協議によって和解が成立すれば、その時点で示談成立となり、手続きが終了します。

協議だけでは和解が成立しない場合には、センターとして妥当と思われる内容で「斡旋案」を作成し、双方に提示することになります。

双方がこの斡旋案に合意すれば、この時点で示談が成立し、手続きが終了します。

多くの場合、相手方保険会社がセンターの斡旋案を尊重して受け入れますので、この段階で示談が成立することが大多数といえます。

この和解斡旋の手続きは、基本的に1回1時間とされており、1回で斡旋案を出すところまで行くケースもありますが、実務上の感覚では、だいたい2~3回で終わることが多い印象です。

1ヶ月程度間隔を空けて期日が入りますので、解決までに3~4ヶ月かかることが多いと思います。

ただ、この斡旋案には拘束力はありませんので、相手方保険会社も不満があれば断ることができます。もちろん、申立側が斡旋案を断ることもできます。

そして、斡旋が不調(不成立)となった場合には、申立側が審査会への移行を申し立てることができます。なお、この時点で紛争処理センターでの手続きを諦めて、審査会には進まずに裁判を起こすことも可能です。

⑵審査会

審査会の手続きでは、斡旋段階を担当した嘱託弁護士ではなく、別の3名の審査委員が事案を審査することになります。

審査会は、話し合いの場ではなく、紛争処理センターとして妥当と考える最終結果を「裁定」という形で提示する手続きですので、裁判の判決をもらうイメージです。

地域によって手続きに違いがありますが、東京本部の審査会は、まず双方から事情の聞き取りを行い、その日のうちに裁定を出しますので、基本的に1回で終わります。

そして、この裁定には片面的拘束力があり、相手方保険会社はこの裁定の内容に不満があっても断ることができません。

そのため、申立側が、審査会の裁定に同意すると、自動的に示談が成立します。

一方、申立側は断ることもできますが、断った場合もセンターでの手続きは終了になりますので、その後に裁判等の別の手続きで解決を目指すことになります。

⑶その他のルール

紛争処理センターの基本的な仕組みは上記のとおりですが、他にも独自の手続き、ルールがいくつかありますので、そのうち重要だと思われるものをいくつかご説明します。

①加害者が自動車(二輪車や原付自転車も含む)以外の場合は対象外

例えば、加害者が自転車などの場合には、対象外となり、申立てができません。

②一部の任意保険は対象外

一部の共済など、相手方が加入している任意保険によっては申立てができない場合があります。

③訴訟移行要請が出される場合がある

相手方保険会社が、紛争処理センターでの和解斡旋が適切ではないと考える場合、訴訟(裁判)に移行するよう申し立てることができます。

例えば、医学的な争いがあって高度な主張立証を必要とする事案などは、紛争処理センターの和解斡旋では限界がありますので、裁判所で争うべきといえます。

相手方から訴訟移行要請が出た場合には、センターの訴訟移行委員会でセンターでの手続きを継続するべきか否か判断がなされ、訴訟移行が妥当と判断された場合には、センターでの手続きは終了となってしまいます。

④双方過失物損事案の審査会移行には双方の同意が必要

双方に過失がある事故の物的損害の手続きでは、審査会に移行する際、双方が審査会の裁定に従うという同意をしなければ、審査会に移行できません。

そのため、双方に過失がある事故の物的損害については、審査会に進んだ場合、裁定の内容を双方が受け入れるしかありませんので、自動的に示談が成立することになります。

なお、同一事故でも人身損害は別扱いとなり、相手の同意がなくても人身損害だけを審査会に移行することは可能です。

その他、紛争処理センターでの手続きの詳細は、センターのホームページ(https://www.jcstad.or.jp/guidance/)もご参照ください。

5.本件の紛争処理センターでの手続き~審査会で10:90の裁定~

⑴和解斡旋の経過

今回の事例では、紛争処理センターでの和解斡旋の手続きでも、相手方はVさんに著しい過失があったとの主張にこだわり、ドライブレコーダーを提出して衝突直前のVさんの走行方法に問題があったと主張し続け、過失割合20:80から譲りませんでした。

一方、Vさんとしては、10:90であれば和解してもいいというお考えでしたので、相手方が10:90まで認めるのであれば、私たちは柔軟に対応するつもりでした。

しかし、相手方が態度を変えなかったため、私たちも、相手方のドライブレコーダーの映像を基に、Vさんの走行方法に問題はないことを指摘しつつ、むしろ相手方が右折開始から衝突まで減速していないことを主張して、相手方が前方を見ていなかったことは明らかなので、これが相手方の著しい過失に当たると基本過失割合から10%の修正を主張しました。

なお、相手方はこの前方不注視は基本過失割合に含まれる程度のものだ(著しい過失ではない)と反論していました。

そのため、斡旋担当の嘱託弁護士が、話し合いでの和解は難しいと判断して斡旋案を出すことになりました。

そして、その斡旋案は、過失割合10:90という内容でしたので、Vさんは応じることにしました。

しかし、相手方保険会社がこの斡旋案を断りましたので、審査会に進むことになりました。

⑵審査会の経過

Vさんは神奈川県在住でしたので、今回は紛争処理センターの東京本部に申立てをしていました。

東京本部の審査会では、基本的に申立側と相手方が入れ替わりで、それぞれ審査委員から聞き取りが行われますので、相手方がどのような主張をしたかは不明ですが、双方とも新しい主張や証拠は出しませんでしたので、おそらく斡旋段階までと同じくVさんの走行方法に問題があったと主張したものと思われます。

上でもご説明しましたが、東京本部の審査会は基本的に1回の手続きで裁定まで進みますので、そのまま裁定が出され、その内容は過失割合10:90が妥当というものでした。

また、慰謝料については裁判所基準の満額が認められました。

Vさんとしては、最低ラインと考えていた過失割合10:90が認められたため、この裁定に同意し、示談が成立しました。

6.まとめ

今回は、紛争処理センターでの手続きのご説明をしつつ、審査会の裁定で過失割合が10:90となったVさんの事例をご紹介しました。

Vさんの場合は、審査会まで進んだこともあり、申立てから示談成立までに5ヶ月程度かかりましたが、それでも裁判よりは早期に解決することができました。

どうしても裁判は時間がかかりますし、裁判をするというだけでも精神的に負担に感じる方もいらっしゃいますので、事案によっては、この紛争処理センターの手続きがとても有効な場合があります。

弁護士によって色々考え方の違いはあると思いますが、私たちの優誠法律事務所では、個々の事案に適した解決方法を検討してご提案したいと考えており、紛争処理センターでの手続きも積極的に行っています。

交通事故でお困りの方は、ぜひ一度ご相談ください。全国からご相談いただいております。

0120-570-670

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投稿者プロフィール

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 甘利禎康 弁護士

法律の問題は、一般の方にとって分かりにくいことも多いと思いますので、できる限り分かりやすい言葉でご説明することを心がけております。
長年交通事故案件に関わっており、多くの方からご依頼いただいてきましたので、その経験から皆様のお役に立つ情報を発信していきます。
■経歴
2005年3月 早稲田大学社会科学部卒業
2005年4月 信濃毎日新聞社入社
2009年3月 東北大学法科大学院修了
2010年12月 弁護士登録(ベリーベスト法律事務所にて勤務)
2021年3月 優誠法律事務所設立
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (出版社:日本実業出版社)

裁判で車線変更時の交通事故の過失割合を修正できた事例

2024-04-28

今回のテーマは、車線変更の際の交通事故の過失割合です。

今回は、片側2車線の国道の第1車線を走行していた車が、第2車線に車線変更しようとした際に、第2車線を走行してきた車両と衝突した事例についてご紹介します。

過失割合の基本的なことは、当事務所のブログの記事(過失割合を修正できた事例~駐車場内の交通事故その1~で説明してしますので、そちらもごご覧ください。

車線変更時の交通事故も、比較的よく発生する交通事故の類型ですので、当事務所でもよくご相談をお受けします。

ただ、今回ご紹介するUさんの事例は、少し特殊で、Uさんは第1車線から第2車線に車線変更しようとしたのですが、第2車線を走っていた相手方が、ちょうどそのタイミングで第1車線にはみ出してきて衝突してしまったという事例です。

しかし、相手方は、Uさんの車線にはみ出したことを認めず、Uさんに対して過失100%を認めるように迫ってくるなど、激しい争いになり、裁判所で判決が出るところまで至ってようやく解決しました。

今回は、交通事故の裁判の流れなどもご説明しますので、交通事故でお困りの方は参考にしていただけますと幸いです。

1.今回のご相談内容~車線変更時の交通事故~

今回の依頼者Uさんは、埼玉県在住で

・交通事故は片側2車線の国道上

・Uさんは第1車線を走行していた

・相手方は第2車線を走行していた

・道路がやや右に湾曲している

・Uさんが車線変更しようとしたタイミングで相手方が第2車線からはみ出してきて衝突

・Uさん車両の左前と相手方車両の右側面が衝突

・双方ドライブレコーダーはなし

・相手方に過失割合100:0を主張されている

・交通事故による怪我はなし

・弁護士特約が使用可能

という内容でした。

【本件の争点】過失割合

事故発生状況の図(車線変更時の事故)

上の図が本件の事故状況です。

Uさんは、この少し先の交差点で右折するつもりでしたので、第1車線から第2車線に車線変更するつもりでした。

Uさんは、サイドミラーで第2車線の後方を確認した際、後続車(相手方)が少し離れた位置にいましたので、第2車線に入れると思ってウインカーを出し、少し第2車線側にハンドルを切りました。

そうしたところ、相手方がかなりのスピードで走行していたようで、Uさんが相手方に気付いたときにはすぐ右隣にいて、Uさんの方にはみ出してきたため、そのまま衝突してしまいました。

Uさんとしては、右後方を確認した際には、相手方がかなり後方にいたことから、第2車線に入る余裕があると思ってハンドルを右に切りましたが、まだ第2車線に入る前のタイミングで衝突されてしまい、とても驚いたそうです。

車線変更時の事故の場合、基本的には車線変更しようとした側(Uさん側)の過失が大きくなります。

Uさんは、ご自身の保険会社からもそのような説明を受け、車線変更をしようとしていたことは事実でしたので、ご自身の過失が大きいと言われても仕方がないと考えていました。

しかし、相手方保険会社は、この交通事故の過失割合は90(Uさん):10(相手方)が妥当だと主張してきました。さらに、Uさんが現場で100%賠償する約束をしたなどと主張して、できれば100:0で解決したいと言ってきました。

Uさんは、早期解決を希望しており、70:30くらいなら受け入れるつもりでしたが、さすがに相手方の主張に納得できず、ご自身の保険会社に相談したところ、弁護士費用特約で弁護士に依頼できることを案内され、私たちに依頼したいとのことでご相談にいらっしゃいました。

2.基本過失割合と交渉の経過~相手方が過失割合90:10を譲らず~

まず、今回の交通事故の基本過失割合を考えます。

(「基本過失割合とは?」については、当事務所のブログで説明していますから、こちらもご覧ください。)

車線変更時の交通事故の基本過失割合は、別冊判例タイムズの153図によって、70(進路変更車):30(後続直進車)とされています。

相手方保険会社は、今回の交通事故合は、この基本過失割合から20%Uさんに不利に修正して90(Uさん):10(相手方)が妥当であると主張していました。

判例タイムズ153図
基本過失割合 Ⓐ30:Ⓑ70

今回の交通事故の場合、仮に一般的な車線変更時の交通事故と考えるとしても、基本過失割合からUさんに不利に修正するような理由はないように思えました。

そして、私たちは、そもそもUさんが車線変更をしようとしていたのは事実ですが、実際には第2車線に入る前のタイミングで相手方の方がはみ出してきて衝突した訳ですから、判例タイムズ153図を基本に考えるような事例ではないと考えました。

そこで、むしろ相手方の過失の方が大きいと主張することも考えましたが、Uさんが70:30でもいいから早期に解決して欲しいと希望されたため、相手方保険会社に70:30なら応じると伝えました。

しかし、相手方本人が100:0の主張をしていて、譲歩しても90:10と言っているとのことで、全く交渉になりませんでした。

そうしたところ、相手方から裁判を起こされてしまい、裁判所で争わざるを得なくなりました。

3.一般的な交通事故裁判の流れ

通常、裁判は、訴える側(原告といいます)が裁判所に訴状を提出することで提起されます。

裁判所は、訴状が提出されると、原告と第1回期日の予定を決め、相手方(被告といいます)に訴状と呼出状を送って裁判が起こされたことを伝え、裁判への出席と反論書面(被告が最初に提出する反論書面を答弁書といいます)の提出を求めます。

その後は、1ヶ月~1ヶ月半くらいに1回のペースで裁判の期日が入り、しばらくは交互に書面で反論し合う期日が続きます。

そして、双方の主張が出尽くした後、裁判所がそれまでの双方の主張を前提に和解を促すことが一般的です。

この和解案は、裁判所が判決を書く場合に予想される内容をある程度開示して内容を決めますので、多くの場合、双方が和解案に応じて和解が成立します。

しかし、どちらかが裁判所の和解案に応じない場合には、最終的に判決を出す必要がありますので、一度当事者たちを裁判所に呼んで直接話を聞く機会を設けることが一般的です(これを本人尋問といいます)。

当事務所の依頼者の方にも、裁判と聞くと、毎回ご自身が裁判所に行かないといけないと考える方が多いですが、実際には、弁護士に依頼していれば、ほとんど弁護士が代理人として対応しますので、本人尋問のとき以外は出席する必要はありません。

そして、多くの場合、本人尋問までに行かずに和解で終わりますから、ほとんどのケースで当事者が裁判所に出席することはなく終わることになります。

逆に、和解が成立しない場合は、本人尋問を経て判決が出されることになりますが、その判決に一方または双方か不満がある場合には、上位の裁判所(簡易裁判所なら地方裁判所、地方裁判所なら高等裁判所)に控訴して、判決が妥当かどうか判断を求めることになります。

4.裁判の経過~双方が過失0主張で争う~

Uさんの場合、上記のように、相手方から裁判を起こされましたが、相手方は裁判ではUさんが100%悪いと過失割合100:0を主張しました。

これに対し、私たちは相手方がUさん側の車線にはみ出して衝突していることから、Uさんがそのような相手方の動きを予測することは不可能で回避できなかったと主張し、Uさんの過失はない(過失0:100)という前提で反訴(訴え返すこと)しました。

裁判では、通常、相手方保険会社も弁護士に依頼しますので、弁護士同士で争うことになりますが、今回の相手方の弁護士はあまり事案や証拠を検討していなかったようで、双方の車両の損傷状況からUさんが車線変更してきて衝突したことは明らかだと主張していました。

しかし、それでは過失割合70:30の主張をしているようなものですから、Uさんの過失が100%であるという主張とは噛み合わないと反論しました。

また、車両の損害確認などを専門にしているアジャスターのレポートによると、相手方の車両の損傷は時計の針の10時~11時の方向から衝突されたと記載されており、Uさんの車両の損傷は5時の方向から衝突されたと記載されていました。

双方車両の損傷状況

このような双方の損傷状況を考えると、下の図のような衝突になり、Uさんの主張する事故状況と一致しますし、相手方の車両が真っ直ぐ第2車線を走行しているところにUさんが車線変更して衝突したという相手方の主張はあり得ないと分析できました。

双方車両の損傷状況から考えられる事故状況の図

一方、もし、相手方が主張するように、Uさんが第2車線に進入して衝突したのであれば、下の図のような事故状況になり、相手方車両に7~8時の方向の入力、Uさん車両に1~2時の方向からの入力となりますので、実際の双方の車両の損傷箇所と異なります。

相手主張の事故状況であった場合の図

そこで、私たちは双方の車両の損傷状況から、相手方が第1車線にはみ出して衝突したことは明らかで、Uさんに過失はないと主張しました。

その後、双方の主張が一段落した段階で、裁判官は、過失割合50:50で和解をしてはどうか?と和解を勧めました。

Uさんとしては、もともと70:30でも仕方ないと考えていたこともあり、50:50の和解案を受け入れたいと考えましたが、相手方が拒否したため、和解は成立しませんでした。

そのため、裁判官が判決を書くために、双方の話を直接聞く、本人尋問を行うことになりましたが、明らかに相手方は準備不足の様子で、この本人尋問でいくつか相手方の嘘を暴くことができ、完全に相手方の主張を崩すことができました。

5.判決~過失割合50:50~

本人尋問終了後、双方が最終的な主張をまとめる書面を提出し、裁判所が判決を出しました。

その判決内容は、相手方の主張していたUさんが第2車線に進入した際の事故という点を否定し、Uさんが主張していたとおり、相手方がUさん側に寄って行ったことで衝突したと判断するものでした。

しかし、衝突位置はUさん側の第1車線の中ではなくちょうどライン上の可能性もあるとのことで、お互い様という判断の50:50という内容でした。

相手方はかなり強硬でしたので、控訴すると思っていましたが、控訴してもこれ以上相手方に有利になることはないと判断したのか、控訴は断念しました。

Uさんも、相手方が控訴してくれば、こちらも控訴して争うつもりでしたが、相手方が控訴を断念したことで、判決を受け入れて早期に終わらせたいと希望し、判決が確定しました。

6.まとめ

今回の交通事故では、相手方が対応に酷く、Uさんの過失が100%などと主張していましたが、結果的に裁判で50:50という結果で終わることができました。

もともとUさんとしては、早期解決のために70:30でもいいと思っていたところ、相手方が強硬で裁判に巻き込まれてしまいましたが、しっかりご自身の主張をすることができ、相手方の主張を跳ね返すことができましたので、大変喜んでいただけました。

人生で裁判を経験することはあまりありませんから、色々と不安を感じる方も多いですが、弁護士に依頼していただければ、しっかりサポートできますので、お困りの方は是非ご相談ください。

私たちの優誠法律事務所では、交通事故のご相談は無料でお受けしておりますので、お気軽にご相談ください。

全国からご相談いただいております。

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長年交通事故案件に関わっており、多くの方からご依頼いただいてきましたので、その経験から皆様のお役に立つ情報を発信していきます。
■経歴
2005年3月 早稲田大学社会科学部卒業
2005年4月 信濃毎日新聞社入社
2009年3月 東北大学法科大学院修了
2010年12月 弁護士登録(ベリーベスト法律事務所にて勤務)
2021年3月 優誠法律事務所設立
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (出版社:日本実業出版社)

信号のない丁字路交差点での右折車同士の交通事故で過失割合を修正できた事例

2024-03-31

皆様、こんにちは。優誠法律事務所です。

今回は、信号のない丁字路交差点で右折車同士が衝突した交通事故の事例についてご紹介します。

今回の事例は、信号のない丁字路交差点で、直進路から右折していた自動車に、突き当り路(停止線あり)から右折しようとした自動車が衝突した交通事故(右折車同士の交通事故)で、双方の過失割合が問題になりました。

当事務所の公式ブログの駐車場内の交通事故についてご紹介した記事で、

●過失割合とは?
●基本過失割合とは?
●弁護士にご依頼いただいた場合の過失割合の争い方

など、過失割合の基本的なことを解説していますので、是非こちらの記事過失割合を修正できた事例~駐車場内の交通事故その1~もご覧ください。

今回ご紹介する事例は、交差点での右折車同士の交通事故という比較的珍しい類型ですので、同じような事例がどのように処理されているか調べようとしても、なかなか参考になるものが見つからないかもしれません。

そこで、同じような交通事故でお困りの方の参考になればと思い、ご紹介させていただきます。

1.今回の依頼者~信号のない丁字路交差点で右折車同士の車VS車の交通事故~

今回の依頼者Uさんは、北海道在住で

・交通事故は信号のない丁字路交差点で発生

・Uさんは直進路(丁字路の突き当りではない方の道路)から右折、相手方は突き当り路から直進路に出るために右折しようとしていた

・相手には一時停止があり、一時停止後に右折を開始したと主張

・Uさんが先に右折を開始したところ、右折が終わるくらいのタイミングで相手方が右折してきて衝突

・Uさんの車両の右側面に相手方の右前部が衝突した

・相手方に過失割合30:70を主張されている

・交通事故による怪我は頚椎捻挫

・治療期間は約6ヶ月間で、治療後に後遺障害14級9号が認定された

・弁護士特約が使用可能

という内容でした。

【本件の争点】過失割合

依頼者から見た交通事故現場の丁字路交差点の写真

上の写真が本件の交通事故の現場となった丁字路交差点をUさん側から見たものです(事故当日の写真ではありません。)。

Uさんは、この丁字路交差点で右折しようとしており、写真中央の右折レーンを進んで右折を始めました。

この時、Uさんからも、右折先の道路に相手方の車両がいることが分かりましたが、相手方に停止線があり、明らかにUさんの方が優先であったことや、相手方が減速している様子だったこともあり、ご自身が右折するまで待っていてくれるだろうと考えて、そのまま右折しました。

ところが、相手方は、なぜかUさんが右折を完了しそうになったくらいのタイミングで右折を始めてしまい、Uさんの車両の右側面に衝突してしまいました。

Uさんとしては、ご自身が先に右折しているにもかかわらず、そのタイミングで相手方が交差点内に進入しようとするなどとは予測できず、衝突の瞬間は何が起きたか分からなかったとのことでした。

この事故でUさんは頚椎捻挫の怪我を負ってしまい、症状固定後に後遺障害14級9号が認定されました。

相手方保険会社は、この交通事故の過失割合は30(Uさん):70(相手方)と主張してきました。

Uさんとしては、ご自身が先に右折を開始し、既に右折が完了するくらいのタイミングになって、相手方が交差点に進入してきて側面に衝突されており、この状況では衝突を避けることができなかったため、ご自身に過失があると言われたことに不満がありました。

また、相手方から見ると、目の前で右折してきているUさんの車両にあえて向かって行って衝突しているような状況ですから、Uさんとしては、なぜそんなことになったのか理解できませんでした。

それにもかかわらず、相手方保険会社にご自身の過失割合が30%もあると主張されたことに納得できず、ご自身の保険の弁護士費用特約を使って私たちに交渉を依頼したいとのことでご相談いただきました。

Uさんとしては、双方が動いていたときの事故であったため、過失割合を0:100にするのは難しいとお考えでしたが、それでもご自身の過失は10%くらいだろうとお考えでした。

2.基本過失割合と修正要素(判例タイムズ145図)

では、今回の交通事故の基本過失割合を考えます。

(「基本過失割合とは?」については、以前の記事で説明していますから、こちらもご覧ください。)

今回のような信号のない丁字路交差点での右折車同士の事故の基本過失割合は、別冊判例タイムズの145図によって、30(直進路右折車):70(突き当り路右折車)とされています。

判例タイムズ145図
基本過失割合 Ⓐ30:Ⓑ70

相手方保険会社は、今回の交通事故の過失割合は、この基本過失割合の30(Uさん):70(相手方)が妥当だと主張していました。

しかし、今回の事故は、双方が交差点内で出会い頭に衝突した訳ではありません。

Uさんが目の前を右折して来ているにもかかわらず、相手方がそのタイミングで交差点内に進入してUさんの車両の側面に衝突したという事故態様ですので、この基本過失割合が想定している状況とは、だいぶ異なるように思います。

そこで、私たちとしては、まずは、そもそも今回の交通事故は判例タイムズ145図が想定している状況とは異なり、この基本過失割合30:70を基に検討する事例ではないと主張することにしました。

その上で、Uさんとしては右折完了目前で急に相手方が出て来て側面に衝突されており、相手方がそのタイミングで交差点内に進入することを予測することは難しく、自車の側面に衝突されていて回避可能性も低いことから、Uさんに過失が認められるとしても10%程度であると主張しました。

また、別冊判例タイムズの145図では、以下のような直進路右折車(Uさん側)に有利に過失割合を修正する修正要素が認められています。

著しい過失:10%

重過失:20%

 【著しい過失】

著しい過失の例としては、脇見運転等著しい前方不注視、著しいハンドル・ブレーキ操作不適切、携帯電話等を通話のために使用していた場合、画像を注視したりしながらの運転、時速15km以上30km未満の速度違反、酒気帯び運転等が挙げられています。

 【重過失】

 重過失の例としては、酒酔い運転、居眠り運転、無免許運転、時速30km以上の速度違反、過労・病気及び薬物の影響その他の理由により正常な運転ができないおそれがある場合等が挙げられています。

そこで、仮に、今回の事故に判例タイムズ145図が適用される場合には、この修正要素を主張して基本過失割合からUさんに有利に修正するべきと主張する必要がありました。

そのため、私たちは、判例タイムズ145図が適用されると判断されてしまった場合に備えて、刑事記録(実況見分調書)を取り寄せて、相手方の著しい過失や重過失の主張ができないかも検討しました。

3.交渉の経緯~争点は145図適用の有無・修正要素の有無~

上記のように、別冊判例タイムズ145図の基本過失割合30:70を主張していた保険会社に対して、私たちは、

① 判例タイムズ145図は、主に右折車同士が出会い頭で衝突したような事故を想定しており、今回の事故のように、直進路右折車(Uさん)の右折完了間際に、突き当り路右折車(相手方)が右折を開始して衝突するような状況は想定しておらず、判例タイムズ145図は適用されない

② 判例タイムズ145図が適用されるとしても、相手方の前方不注視が著しく、ハンドル・ブレーキ操作も著しく不適切で、Uさんとしては衝突を回避できない状況であったため、基本過失割合から15~20%は修正するべき

と主張しました。

これに対して、当初、相手方保険会社は、

① 判例タイムズ145図は、出会い頭の事故のみを想定している訳ではなく、本件にも適用される

② 相手方の前方不注視やハンドル・ブレーキ操作の不適切は、基本過失割合に含まれる程度のもので、修正要素には該当しない

③ むしろ、相手方が一時停止していることから、(実際には修正を主張しないものの)相手方に有利に15%修正すべきくらいである

と主張し、基本過失割合の30:70以上は譲れないと回答してきました。

その後、何度か交渉を重ねましたが、相手方が全く態度を変えませんでした。

Uさんとしては、相手方がしっかり前を向いていれば、ご自身が目の前を右折して来ることを認識できた訳で、この事故はほとんど相手方の過失で発生したとお考えでしたので、過失割合30%はどうしても納得できませんでした。

そこで、私たちは、交通事故紛争処理センターに斡旋の申立てをすることにしました。

そのとき、裁判を起こすということも選択肢になりましたが、裁判は1年近くかかることが多く、今回は過失割合以外には大きな争点がありませんでしたので、紛争処理センターの方が早期解決を見込めるという判断で、紛争処理センターへの申立てを選択しました。

4.交通事故紛争処理センターで示談成立

今回の事例は、上記の経緯で交渉が決裂してしまい、紛争処理センターに申立てをしました。

私たちは、申立ての際に刑事記録(実況見分調書)を提出し、刑事記録上、相手方がUさんの車両に気が付いたのが、衝突の直前であると記録されていることを指摘しました。

そして、下の写真のように、相手方からは前を向いていれば交差点内に進入する前の時点で、Uさんが右折して来ることは認識できるはずなので、衝突直前までUさんに気が付いていないのは、前を見ていなかったことの裏付けになると主張しました。

相手方から見た本件交通事故現場の丁字路交差点の写真

さらに、相手方は、Uさんが接近してくる状況で右折を開始しており、Uさんの車両に当たりに行ったようなものだと指摘し、ハンドル操作等も著しく不適切で、基本過失に含まれる過失を大きく上回る過失があると主張しました。

相手方は、紛争処理センターでの和解協議でも、30%:70%の主張を変えませんでした。

その結果、紛争処理センターの嘱託弁護士(斡旋を担当する弁護士)が双方の意見を聞いて、斡旋案を出すことになりました。

そして、今回の紛争処理センターの斡旋案は、今回の事故は、相手方が右折しようとした際に、相手方から見て右側だけを確認して、右側から車両が来ていなかったことから、左側(Uさんが走行してきた方向)を全く確認せずに交差点内に進入したことが主な原因であると認められ、過失割合は15%(Uさん):85%(相手方)が妥当であるとの内容でした。

Uさんとしては、本来過失10:90を主張したいというお気持ちでしたので、15:85で示談するか、斡旋案を断って審査会(紛争処理センターの最終的な手続きで、斡旋段階とは別の審査委員3名がセンターとしての裁定を出す手続きです。この裁定は、被害者側は断って裁判に進むことは可能ですが、相手方保険会社は断ることができません。ただし、物的損害については、双方に過失がある事案の場合、双方とも断ることができません。)に進むか、悩まれたようでした。

その後、結局、Uさんは、早期解決のために15:85の斡旋案を受け入れる選択をすることにしました。

5.まとめ

今回の交通事故では、紛争処理センターの斡旋で過失割合が30%:70%から15%:85%となりました。

今回の事例でもそうでしたが、保険会社は、杓子定規に判例タイムズに当てはめて主張しようとすることが多い印象があります。

今回の場合、第三者である紛争処理センターの嘱託弁護士も、判例タイムズの基本過失割合で解決するような事例ではないと認めてくれましたが、本来、交通事故はそれぞれに事案ごとに個別に考慮すべき事情がありますので、杓子定規に判例タイムズに当てはめればよいというものでもありません。

そうは言っても、一般の方がこのような個別の事情を検討して、保険会社と過失割合の交渉するのは難しいと思いますので、お困りの方は一度弁護士にご相談されることをおすすめします。

私たちの優誠法律事務所では、交通事故のご相談は無料ですので、お気軽にご相談ください。

全国からご相談いただいております。

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過失割合を修正できた事例~十字路交差点(信号あり・双方青信号)での右直事故の右折車側~

過失割合を修正できた事例~駐車場内の交通事故その1~

過失割合を修正できた事例~駐車場内の交通事故その2~

過失割合を修正できた事例~駐車場内の交通事故その3~

過失割合を修正できた事例~駐車場内の交通事故その4~

過失割合を修正できた事例~駐車場内の交通事故その5~

過失割合を修正できた事例~駐車場内の交通事故その6~

過失割合を修正できた事例~駐車場内の交通事故その7~

投稿者プロフィール

 甘利禎康 弁護士

法律の問題は、一般の方にとって分かりにくいことも多いと思いますので、できる限り分かりやすい言葉でご説明することを心がけております。
長年交通事故案件に関わっており、多くの方からご依頼いただいてきましたので、その経験から皆様のお役に立つ情報を発信していきます。
■経歴
2005年3月 早稲田大学社会科学部卒業
2005年4月 信濃毎日新聞社入社
2009年3月 東北大学法科大学院修了
2010年12月 弁護士登録(ベリーベスト法律事務所にて勤務)
2021年3月 優誠法律事務所設立
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (出版社:日本実業出版社)

自賠責への請求で重過失減額を免れた事例

2024-03-10

こんにちは、港区赤坂見附駅徒歩5分の優誠法律事務所です。

今回は、過失割合について自賠責保険の重過失減額を免れた事例をご紹介します。

この記事をご覧の方の中には、自賠責保険は最低基準ではあるものの、一定額(例えば、傷害部分で120万円)が必ずもらえると考えておられる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

しかし、自賠責保険の保険金にも、保険金が減額される可能性のある「重過失減額」という規定があり、請求者側の過失割合が70%以上の場合に、過失割合に応じて自賠責保険金が減額されてしまいます。

今回は、当事務所で取り扱った案件のうち、依頼者の方が過失が大きいと主張されていた事例で、この重過失減額を回避できたものをご紹介します。

こちら側の過失が大きい事故の解決では参考となり得ると思いますので、ぜひご覧ください。

1 事案の概要~先行右折車と追越直進者の事故~

⑴ 事故発生状況

本件の事故発生状況は、以下の図のとおりです。

事故発生状況図。判例タイムズ135図か137図か。

Aさんが交差点で右折しようとしたところ、右側からAさんの車両を追い越そうとした相手方と衝突してしまいました。

Aさんは、そろそろ治療が終わるタイミングでしたが、交通事故に遭って怪我をして通院もしているのに、相手損保が治療費の対応をしてくれないということで当事務所にご相談されました。

なお、Aさんは人身傷害保険には加入されていませんでした。

そのため、Aさんは、相手方保険会社にもAさん側保険会社にも治療費を出してもらえない状態で、ご自身のご負担で治療をさせていました。

⑵ 相手方はAさんの過失90%を主張

本件では、Aさん車両搭載のドライブレコーダーがあったので確認すると、Aさんは右折の際にウインカーは出していましたが、右折前にあらかじめ右側に寄らずに右折していることが確認できました。

相手損保は、おそらくこの点を捉えて、Aさんの過失が大きいとして治療費を病院に直接支払うという対応(一括対応と言います。)をしていないのだろうと予想できました。

そのままAさんご本人で案件を進めるのは困難と思われ、そろそろ治療も終了というタイミングでしたので、まずは当事務所の弁護士と相手損保とで示談交渉を行い、過失割合が理由で交渉が難しければ、自賠責保険に対して被害者請求を行うという方針でご依頼となりました。

ご依頼の後、相手損保に対して認識を確認すると、やはりAさんの過失が大きいと捉えているので一括対応は行わなかったとの回答でした。

相手損保としては、Aさんがあらかじめ道路右側に寄らなかったことから、別冊判例タイムズ38号の137図(右折車80:追越直進車20)の適用を主張し、さらに直近右折による修正を加えてAさん90:相手方10の過失割合を考えているとのことでした。

判例タイムズ137図
判例タイムズ137図
Ⓐ20:Ⓑ80

⑶ 当方は判例タイムズ135図の適用を主張

これに対して、当方からは、本件は137図ではなく135図(先行右折車10:追越直進車90)が適用される類型であると主張しました。

判例タイムズ135図
判例タイムズ135図
Ⓐ90:Ⓑ10

135図の適用となれば、Aさんが右折前にあらかじめ右側に寄っていなかったために修正がなされたとしても、Aさんの過失は20%から30%に留まることになります。

本件で両図のどちらの適用があるかは、幅員が十分にあって直進車と右折車が横に並んで進行できるか否かで判断されることになります。

交渉の結果、相手損保担当者からは一定の理解を得られる部分もありましたが、保険契約者である相手方本人の意向であるとして、137図の基本過失割合に則ったAさん80:相手方20以上の譲歩はできないとのことでした。

示談交渉では、いくらこちらが理論的に正しい主張をしていても、相手が納得しなければ話がまとまりません。

したがって、そのような場合は、いわゆる「被害者請求」を行って自賠責保険金を回収し、さらに追加で請求し得るものがあれば裁判を行うという方法をとることが多いです。

しかし、過失割合が被害者80:加害者20となると、自賠責保険へ被害者請求を行うにしても注意が必要です。

それが「重過失減額」という自賠責保険の規定です。

2 重過失減額とは?

自賠責保険金は、被害者に過失があったとしても基本的に減額されることはありません。

これは、自賠責保険の制度趣旨が被害者救済にあるためです。

しかし、被害者に重大な過失、具体的には7割以上の過失がある場合には、一定割合が減額されます。

これを「重過失減額」と呼んでいます。

重過失減額による減額割合は以下の通りです。

減額適用上の被害者の過失割合減 額 割 合
後遺障害又は死亡に係るもの傷害に係るもの
7割未満減額なし減額なし
7割以上8割未満2割減額2割減額
8割以上9割未満3割減額
9割以上10割未満5割減額

被害者の過失割合分がそのまま差し引かれるわけではないのですが、それでも100%の金額よりは減額されてしまうことになります。

漫然と自賠責保険金を請求し、例えばAさんに80%の過失があるとされてしまうと、自賠責保険金の満額から20%が減額されてしまうことになります。

したがって、このようなケースでは、自賠責保険金を請求するにしても、相手損保任せの「事前認定」ではなく、被害者側が主体的に資料を提出する「被害者請求」の手続きをとり、かつ、被害者の過失が7割を下回ることを説明する意見書を提出することが有効です。

事前認定と被害者請求については、以下の記事もご覧いただければと思います。

後遺障害認定と弁護士に依頼するメリット

3 自賠責への被害者請求

以上を踏まえ、本件では、自賠責保険金の請求において被害者請求を行い、その際、弁護士が過失割合について意見書を作成し、これを添付しました。

意見書では、車幅や道路の幅員等に言及しつつ、概ね以下の主張を行いました。

①本件では、加害者加入の保険会社は基本過失割合が右折車80:直進車20の別冊判例タイムズ38号137図を主張しているものの、そもそも137図は道路の幅員が十分ある場合についての類型であり、本件に適用はないこと。

②仮に、万が一137図の適用があるとしても、交差点での追い越しが禁止されていることに鑑み、直進車側に20%の加算修正がなされる(Aさん60:Bさん40)べきであること。

③本件は幅員が十分にあるケースではなく、別冊判例タイムズ38号の図で言えば、本件で適用のあるものは135図(基本過失割合右折車10:直進車90)であり、右折車であるAさんがあらかじめ右側に寄らずに修正がなされるとしても、Aさんの過失は20%から30%にとどまること。

以上の内容の意見書を添付し、自賠責に対して被害者請求を行ったところ、自賠責からは、重過失減額されることなく、自賠責基準全額の入金がありました。

その上で、裁判基準で過失相殺をした金額と、自賠責保険からの入金額を比較したところ、追加で請求できる部分はないことが確認できましたので、本件は自賠責からの入金で終了しました。

4 まとめ

今回は、自賠責への請求で見落としがちな「重過失減額」を回避して解決できた事例をご紹介しました。

こちら側に過失がある事案では、自賠責からの回収だけで終了してしまうこともありますが、その場合でも漫然と請求してしまうと重過失減額がなされ、受け取る額が少なくなってしまう恐れがあります。

そのような可能性がないか、自賠責に請求する前に弁護士にご相談のうえ検討されることをお勧めいたします。

優誠法律事務所では交通事故のご相談は無料ですので、お気軽にご連絡ください。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

また、よろしければ、公式ブログで過失割合を修正できた交通事故事例も多数ご紹介しておりますので、そちらも是非ご覧ください。

過失割合を逆転させた事例~丁字路交差点で右折車の右側からバイクが追い抜こうとした際の交通事故~

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投稿者プロフィール

弁護士栗田道匡の写真
 栗田道匡 弁護士

2011年12月に弁護士登録後、都内大手法律事務所に勤務し、横浜支店長等を経て優誠法律事務所参画。
交通事故は予期できるものではなく、全く突然のものです。
突然トラブルに巻き込まれた方のお力になれるように、少しでもお役に立てるような記事を発信していきたいと思います。
■経歴
2008年3月 上智大学法学部卒業
2010年3月 上智大学法科大学院修了
2011年12月 弁護士登録、都内大手事務所勤務
2021年10月 優誠法律事務所に参画
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (共著、出版社:日本実業出版社)

異議申立てで14級が認定された事例(距骨骨折後の足関節の疼痛)

2024-01-28

今回は、頚椎捻挫と距骨骨折後の足関節の疼痛で後遺障害等級14級9号が認定された事例をご紹介します。

今回の依頼者Sさんは、交通事故で両足を骨折したものの、事故直後に救急搬送された病院のレントゲン検査では左足の骨折が見つからず、事故から半年後のMRI検査でようやく距骨骨折が判明したという事情があります。

このような経緯もあったため、初回の後遺障害申請では、左足の骨折について否定され、非該当の判断になってしまいました。

その後、当事務所で、Sさんのカルテを取り寄せたり、主治医に医療照会を行ったり、専門の鑑定機関に画像の読影をお願いするなどの準備を行い、異議申立てをしたところ、左足骨折の事実が認められ、14級9号の認定を受けました。

交通事故の実務上、どうしても事故直後の画像で損傷が証明できないと、交通事故と怪我の因果関係が否定されてしまうことも多いですが、Sさんの場合は交通事故から半年後に骨折が判明した事例でも後遺障害が認められた稀なケースですので、同じようなことでお困りの方のご参考になればと思い、ご紹介することにしました。

1.事案の概要~事故から半年後に左距骨骨折が判明~

今回の依頼者Sさんは、片側一車線の直線道路を走行中、対向車がセンターラインをオーバーしてきて正面衝突されてしまいました。

お互いに相当なスピードが出ていましたので、この交通事故の衝撃でSさんの車両は大破してしまい、ブレーキペダルなどが折れ曲がって両足が挟まれたことで両足とも骨折してしまいました。

また、Sさんは、事故の衝撃で身体に強い衝撃を受け、頚椎と腰椎も負傷しました。

しかし、事故直後に救急搬送された病院では、レントゲンで右足の指の骨折は確認されたものの、左足のレントゲン画像では骨折が確認できなかったため、Sさんは左足の痛みも訴えていたものの、「左足関節打撲」の診断になってしまいました。

その後、Sさんは近所の整形外科に転院して懸命にリハビリをしたものの、事故から5ヶ月くらいのタイミングで、相手方保険会社に一方的に治療費の支払い(いわゆる一括対応)を打ち切られてしまい、これからどのようにすればよいか分からないということで当事務所に相談にいらっしゃいました。

ご相談後、主治医に確認してもらったところ、まだ治療によって改善の余地があり、症状固定にはなっていないとのことでしたので、健康保険に切り替えてしばらく治療を続けてもらうことになりました。

また、左足の痛みが改善しないことを相談してもらったところ、主治医から再検査することを勧められ、事故から半年後に再び救急搬送されたときの大きな病院で精密検査をすることになりました。

そして、このときのMRI検査で左足距骨に骨折した跡があることが判明しましたので、この時点でようやく「左距骨骨折」の診断が付きました。

2.初回申請は非該当

Sさんは、左距骨骨折の診断を受けた後も、主治医の下でリハビリを続けましたが、腰椎の痛みと左足関節の痛みが消えないまま、事故から約8ヶ月後に症状固定となりました。

なお、頚椎と右足の骨折部位については、多少の痛みが残ったものの、ある程度改善しました。

そして、Sさんは、症状固定時に主治医に後遺障害診断書を作成してもらい、後遺障害申請をしました。

ところが、初回申請の結果は、頚椎・腰椎・右足・左足の全てで非該当という判断になりました。

しかも、左足については、認定理由にMRI画像上にも骨折が認められないと記載されていました。

Sさんとしては、左足首の痛みから仕事にも日常生活にも大きな支障が出ているにもかかわらず、非該当という結果では納得できず、しかもMRIを撮影した病院と主治医の2人の医師から骨折の診断を受けたにもかかわらず、骨折したこと自体が認められないという判断であったため、そのような結果は受け入れられず、異議申立てを行うことになりました。 

3.異議申立てで左足関節の疼痛に14級9号が認定

⑴ MRI画像上で骨折部位の指摘

今回の場合、自賠責保険で、SさんのMRI画像上、左距骨に骨折は認められないとの理由で非該当の判断がなされていましたので、私たちは、まず、MRI撮影をした病院の担当医師にMRI画像のどこに骨折が認められるかを画像上で指摘してもらうようお願いしました。

そうしたところ、快く病院側が医療照会に応じてくれて、骨折部位(剥離骨折が偽関節化した部分)を指摘してもらうことができました。

⑵ 鑑定業者に画像の鑑定依頼

次に、私たちは、事故直後のSさんの左足のレントゲン画像で本当に距骨骨折が確認できないかを専門の鑑定業者に依頼して専門医に確認してもらいました。

しかし、専門医の判断でも事故直後のレントゲン画像では骨折が確認できないという回答でした。

ただ、左距骨後突起外側結節がはっきり描出されていない可能性も高く、このレントゲン画像だけで左距骨骨折が否定される訳でもないとの意見をもらうことができました。

⑶ 事故直後のカルテ分析・医療照会

さらに、救急搬送された病院と主治医の病院から診療録(カルテ)を取り寄せ、交通事故直後にSさんの左足についてどのような記載があるか確認しました。

そうしたところ、救急搬送された病院のカルテに「骨折の疑い」との記載があり、当時の医師がSさんの痛みの訴えや左足の腫れなどから、骨折を疑うような状況であったことが裏付けられました。

加えて、主治医にも医療照会で、事故直後の時期の左足の状況について質問したところ、2~3ヶ月腫れがあったことや痛みの改善がほとんど見られなかったことなど、こちらが意図した回答をもらうことができました。

⑷ 異議申立てで距骨骨折を認めさせることに成功

私たちは、これらの準備をして、MRIで左距骨骨折が認められること、事故直後のSさんの症状などからこれが今回の交通事故による骨折であることなどを主張して異議申立てを行いました。

また、今回は割愛しますが、腰椎捻挫後の腰痛についても、14級9号が認定されるよう準備を行って申し立てました。

そして、その結果、私たちの主張が認められ、Sさんの左距骨骨折後の左足関節の痛みと腰椎捻挫後の腰の痛みについてそれぞれ14級9号が認定されて、併合14級の認定となりました。

4.まとめ

今回は、距骨骨折後の左足関節の痛みについて、初回申請非該当から異議申立てで14級9号が認定された事例をご紹介しました。

今回のSさんのように、交通事故直後の画像で骨折などの器質的損傷が証明できない場合、仮に、その後数ヶ月してからの画像で損傷が見られたとしても、交通事故から時間が経てば経つほど、事故との因果関係を証明するのが難しくなります。

そのため、Sさんのケースでは手を尽くして異議申立ての準備を行って、なんとか後遺障害を認めさせることができましたが、正直に言えば、これは稀なケースだと思います。

Sさんの場合も、もう少し早い段階で再検査ができていれば、初回申請でスムーズに後遺障害等級が認定されていたかもしれませんし、事故後早い段階で私たちにご相談いただいていれば、もっと早く主治医に相談するよう促せたかもしれません。

ですから、私たちは、交通事故は被害者の方に対して、少しでも早く弁護士にご相談になるようお勧めしています。

私たち優誠法律事務所では、交通事故に関するご相談は無料でお受けしております

ぜひ、お気軽にお問合せください。

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投稿者プロフィール

 甘利禎康 弁護士

法律の問題は、一般の方にとって分かりにくいことも多いと思いますので、できる限り分かりやすい言葉でご説明することを心がけております。
長年交通事故案件に関わっており、多くの方からご依頼いただいてきましたので、その経験から皆様のお役に立つ情報を発信していきます。
■経歴
2005年3月 早稲田大学社会科学部卒業
2005年4月 信濃毎日新聞社入社
2009年3月 東北大学法科大学院修了
2010年12月 弁護士登録(ベリーベスト法律事務所にて勤務)
2021年3月 優誠法律事務所設立
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (出版社:日本実業出版社)

駐車場内の交通事故の過失割合を逆転させた事例(80:20⇒10:90)

2023-12-10

今回は、駐車場内の交通事故で過失割合を争い、相手方の主張から逆転させることができた事案をご紹介します。

現在、当事務所では、駐車場内の交通事故に関するお問い合わせを多くいただいております。

その多くは過失割合に関するお問い合わせですが、駐車場内における事故は非定型で特有性の強い事故が多いということを感じます。

今回も、駐車場内の交通事故の過失割合が問題になった事例をご紹介しますので、皆様のご参考にしていただけますと幸いです。

1.今回の依頼者~駐車場内で車VS車の交通事故~

事故当時、依頼者Tさんは、Tさん車両を運転して、前方を走行していた相手車両に続いて、道路から駐車場内に進入しました。

その後、相手車両が通路の交差部分を左に曲がったため、Tさん車両も続いて通路の交差部分に進入したところ、突然、相手車両がTさん車両に向かって後退を開始しました。

危険を感じたTさんは、Tさん車両を停止させた上でクラクションを鳴らしました。

しかしながら、その後も相手車両は減速することなく後退を継続したことにより、Tさん車両に衝突してしまいました。

幸いにして、Tさんも相手方も怪我をしていませんでした。

ただ、Tさんは、相手方保険会社から、Tさんの過失割合が80%であるという主張をされており、これに納得できなかったことから、当事務所にご相談いただくことになりました。

Tさんは弁護士特約が利用することができ、弁護士費用による費用倒れの心配はありませんでしたので、ご相談後、ご依頼いただくことになりました。

上が本件の交通事故の現場となった駐車場です(事故当時の写真ではありませんので、実際の当事者双方の車両は写っていません。)。

事故が起きたのは、画像中央にある通路の交差部分になります。この写真は、下の図で見ると上部の方から交差部分を撮影したもので、Tさんはこの写真の奥側から手前側に向かって進行してきました。

2.基本過失割合は?

ご相談いただいた際、今回の交通事故の基本過失割合について検討しました。

(「基本過失割合とは?」については、以前、当事務所ブログの記事でご説明していますので、こちらもご覧ください。)

今回の事故は、通路を進行する四輪車と通路から駐車区画に進入しようとする四輪車との交通事故ですので、一見すると別冊判例タイムズの336図が基本になりますが、別冊判例タイムズ336図の基本過失割合は80(通路進行車):20(駐車区画進入車)になっています。

相手方保険会社が提示していた過失割合も80%:20%であったため、相手方保険会社は、この別冊判例タイムズ336図の基本過失割合を根拠に主張していることが推察されました。

3.別冊判例タイムズ336図が適用されるか否か

しかしながら、通路を進行する四輪車と通路から駐車区画に進入しようとする四輪車との交通事故であれば、必ず別冊判例タイムズ336図の80%:20%が適用される訳ではありません。

実際、別冊判例タイムズにも、通路進行車において、駐車区画進入車の駐車区画への進入動作を事前に認識することが客観的に困難であった場合は、本基準によらず、具体的な事実関係に即して個別的に過失相殺率を検討すべきであるとの記載がなされています。

Tさんからご依頼いただいた後、本件事故は別冊判例タイムズ336図が適用されるケースであるか否かを検討するため、交通事故が発生した駐車場を訪れて、事故現場の確認を行いました。

その結果、本件事故において、別冊判例タイムズ336図は適用されるべきではないとの心証を抱きました。

その後、相手方保険会社に対しては、資料等を引用した上で、概ね以下の主張を展開しました。

・通常、駐車区画に進入する際は、当該駐車区画の傍で停車した後、当該駐車区画への進入動作を開始すること。

・それにもかかわらず、相手車両は、かなり距離の離れた場所から駐車区画への進入動作を開始しており、Tさんが事前に認識することが客観的に困難であったこと。

・以上より、本件事故において、別冊判例タイムズ336図は適用されないこと。

その上で、衝突時にはTさん車両が停止していたこともあり、Tさんの過失割合は10%を上回らないと主張しました。

4.交渉の結果~過失割合10:90で解決~

その後、相手方保険会社は、私たちの主張を受け入れ、当初提示していた過失割合から70%過失を修正し、10%(Tさん):90%(相手方)で了承すると回答しました。

Tさんとしても、想定以上に有利な過失割合であったため、裁判にならずに示談が成立しました。

5.まとめ

今回のTさんの場合、結果的に80:20から10:90に過失割合を修正することができました。

このように大幅に過失割合を修正することができたのは、交通事故が発生した場所を訪れて事故現場の確認を行ったことにより、当方に有利な主張内容を説得的に構成できたためであると感じました。

過失割合の交渉をするにあたっては、機械的に別冊判例タイムズの基準を当てはめるのではなく、駐車場内における事故の特殊性を踏まえて柔軟に主張内容を構成することが肝要です。

私たちの優誠法律事務所では、交通事故のご相談は無料です。

全国からご相談いただいておりますので、お気軽にご相談ください。

0120-570-670

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投稿者プロフィール

 市川雅人 弁護士

これまで一般民事事件や刑事事件を中心に、数多くの案件を担当して参りました。
これらの経験を踏まえ、難しい法律問題について、時には具体例を交えながら、分かりやすい内容の記事を掲載させていただきます。
■経歴
2009年3月 明治大学法学部法律学科卒業
2011年3月 東北大学法科大学院修了
2014年1月 弁護士登録(都内上場企業・都内法律事務所にて勤務) 
2018年3月 ベリーベスト法律事務所入所
2022年6月 優誠法律事務所参画
■著書・論文
LIBRA2016年6月号掲載 近時の労働判例「東京地裁平成27年6月2日判決(KPIソリューションズ事件)」

中年男性の顔面の傷痕(外貌醜状)の後遺障害による逸失利益は認められるか?~後遺障害等級9級の事例~

2023-11-05

交通事故で怪我をした人の中には、顔などに線状痕(線状の傷痕)や瘢痕(ここでは線状の傷痕以外の傷痕のことを指します)が残ってしまう人がいます。

顔面部や頚部、頭部など、手足以外の露出している部分のことを外貌(がいぼう)といいますが、外貌に傷などが残ってしまった場合には、外貌醜状として後遺障害等級(7級12号・9級16号・12級14号)が認められる場合があります。

今回ご紹介するSさん(40代男性)も、交通事故で顔面に醜状が残ってしまい、後遺障害申請で9級16号の認定を受けました。

しかし、示談交渉では、相手方保険会社に、顔面の傷では稼働能力に影響は出ないとして、後遺障害逸失利益を全否定されてしまいました。

その後、Sさんの場合は、交通事故紛争処理センターでの斡旋手続きで示談することができましたが、外貌醜状の後遺障害の場合、このように逸失利益を否定されることは珍しくありません。

そこで、今回は、Sさんの事例をご紹介しつつ、外貌醜状の後遺障害と逸失利益について解説していきます。

同様のことでお困りの方の参考になりますと幸いです。

1.本件のご依頼内容~外貌醜状で併合9級が認定~

⑴ ご相談内容

今回の依頼者のSさんは、歩行中に道路を横断していたところ、居眠り運転していた加害者の自動車に轢かれてしまいました。

Sさんはこの交通事故で、顔面打撲、右大腿骨骨幹部骨折、左足関節内果骨折等の怪我を負いました。

Sさんは、内装業を営んでいましたが、交通事故後、両足の骨折で約4ヶ月間入院してしまい、その間働くことができず、退院後も怪我の影響で思うように仕事ができなかったため、その休業損害が補償されるか心配をしていました。

また、事故からしばらく経っても、顔面の傷(線状痕)が消えず、男性でも醜状障害で後遺障害等級が取れるかということも相談されたいということで、私たちの事務所に相談にいらっしゃいました。

⑵ 後遺障害の被害者請求

私たちは、Sさんからのご依頼後、Sさんが個人事業主であったことから、交通事故前年の確定申告書で休業損害の金額を算定し、相手方保険会社に請求しました。

相手方保険会社も、Sさんの入院中の休業損害については既に支払っていましたが、休業損害の日額を確定申告書の所得額だけを基に算出しており、かなり低い金額になっていました。

そこで、私たちは家賃や損害保険料などの「固定費」も所得額に加算して日額を計算して、退院後の休業損害と併せて入院期間中の追加分も請求しました。

その後、Sさんは、約1年間治療を続け、左足の骨折については痛み等の後遺症がなくなったものの、右足の骨折部分には痛みが残ってしまい、顔面部の線状痕も消えませんでした。

そのため、主治医が症状固定の診断をしたタイミングで後遺障害診断書を作成してもらい、被害者請求で後遺障害申請を行いました。

醜状の後遺障害の審査は、基本的に自賠責保険の調査事務所で面接が行われ、傷痕のサイズを測定しますが、Sさんの場合も調査事務所から面接調査の依頼が来ましたので、担当弁護士の私も同席して面接を受け、Sさんの顔面部の線状痕が5cm以上であることを確認してもらいました。

 このように、わざわざ面接調査に同席する弁護士は少ないと思いますが、経験上、弁護士が同席していた方がしっかり測定してもらえる印象がありますので、私はできる限り同席するようにしています。

⑶ 併合9級が認定されたものの相手方が逸失利益を否定

Sさんは、後遺障害申請の結果、顔面部の線状痕について後遺障害9級16号、右足骨折後の疼痛等について14級9号が認定され、併合9級の認定結果となりました。

そこで、私たちは、裁判所基準で慰謝料や後遺障害逸失利益などを算定して、相手方保険会社と示談交渉を始めましたが、相手方保険会社は、醜状障害については労働能力に影響がないことから逸失利益は認めないとの一点張りで交渉が決裂してしまいました。

この後遺障害逸失利益については、以下でご説明します。

2.後遺障害逸失利益とは?

⑴ 後遺障害逸失利益の基本的な考え方

交通事故による怪我で後遺障害が残ってしまった場合、それによって労働能力が一定程度失われます。

そして、労働能力が失われることによって、交通事故に遭わなかった場合と比べて将来の収入も減ってしまうということになります。

この後遺障害による将来の減収を補償するのが、後遺障害逸失利益ということになります。

もちろん、被害者によって怪我の内容や仕事内容は様々で、労働能力の制限も実際の収入への影響も様々ですが、労働能力喪失率については、以下の表のように後遺障害の等級によって基準が設けられており、基本的にはこの労働能力喪失率を用いて、以下のように後遺障害逸失利益の金額を算定します。

逸失利益については、こちらの記事(後遺症の等級と慰謝料)もご覧ください!

【後遺障害逸失利益の計算】

・交通事故前年の収入額×労働能力喪失率×労働能力喪失期間(基本的に症状固定日の年齢から67歳までの年数のライプニッツ係数)

後遺障害等級労働能力喪失率
第1級100%
第2級100%
第3級100%
第4級92%
第5級79%
第6級67%
第7級56%
第8級45%
第9級35%
第10級27%
第11級20%
第12級14%
第13級9%
第14級5%

例えば、40歳男性・事故前年の収入400万円・後遺障害9級の場合は、以下のような計算になります。

400万円×35%×14.6430=2050万円0200円

⑵ 神経症状の後遺障害逸失利益

後遺障害逸失利益の基本的な計算方法は、上の⑴でご説明したとおりですが、いくつかの例外があります。

例えば、神経症状といわれる痛みや痺れなどの後遺障害の場合、14級9号や12級13号が認定されることがありますが、これらの障害は、後遺障害の影響が比較的短期間でおさまると考えられています。

そのため、労働能力喪失期間も、通常の症状固定時から67歳までの期間ではなく、14級9号で5年間程度、12級13号で10年間程度とされている裁判例が多いです。

神経症状の後遺障害逸失利益については、以前の記事でも解説していますので、こちら(神経症状の後遺障害(12級13号・14級9号)の逸失利益~労働能力喪失期間の相場~)もご連絡ください。

⑶ 醜状障害の後遺障害逸失利益

醜状障害の場合は、労働能力に直接影響が出ないと考えられることが多く、多くの事例で後遺障害逸失利益を否定がされています。

確かに、顔面部や手足に傷痕が残っても、それによって労働能力が直接低下する訳ではありません。

そのため、後遺障害が残っても将来の収入が減額しないと考えられますから、逸失利益が否定されるということになります。

ただ、芸能人など、醜状痕による影響が大きい職業もありますので、全ての事例で醜状障害だから後遺障害逸失利益が否定されるということはなく、仕事への影響などを立証することで後遺障害逸失利益が認められることもあります。

芸能人などではない一般の方でも、接客業などでは、顔面部の傷痕が残ることで接客が難しくなり、他の仕事への異動なども考えられますし、若年の方の場合、職業選択の幅が狭まるなどの影響もありますので、その辺りの主張をして逸失利益を求めていくことになると思います。

一方で、今回のSさんのような中高年男性の場合、顔面部の醜状障害による影響は限定的と考えられることが多いという実情もあります。

3 本件の交渉経過~後遺障害逸失利益を完全否定~

今回のSさんの場合、個人事業主でしたので、休業損害と交通事故前年の確定申告書から基礎収入を算定して、9級の後遺障害逸失利益を算出して、相手方保険会社に請求しました。

ところが、相手方保険会社は、右足の神経症状の後遺障害14級9号の部分について、14級の5%の逸失利益は認めるものの、顔面部の醜状による逸失利益は全く認めませんでした。

Sさんの仕事は、内装業でしたので、確かに内装の仕事自体には顔面部の醜状痕による影響はありませんでした。

しかし、Sさんの仕事は、依頼者との打合せなども必要で、その際には依頼者と顔を合わせることになりますので、その際にはやはり顔の醜状が気になって、傷を髪の毛や帽子で隠すようにして依頼者と会っていました。

また、Sさんは、営業面でも取引先から仕事をもらう際の打合せなどで、取引先の人と顔を合わせることもあり、そのような場面でもこれから先仕事をもらえなくなるのではないかと心配をしていました。

私たちは、このようなSさんの事情を相手方保険会社に説明し、逸失利益の一部でも認めるよう求めましたが、相手方保険会社は全く認めませんでした。

そこで、私たちは、醜状障害の裁判例などで、逸失利益が認められなくても、その分を後遺障害慰謝料に上乗せする形で慰謝料を増額している事例もあることを指摘し、後遺障害慰謝料を増額するよう求めましたが、相手方保険会社は、これに対しても聞く耳を持たず、裁判手続きなどでなければ慰謝料増額はできないとの回答でした。

4.紛争処理センターで慰謝料120%を獲得

上記のように、Sさんの事例では、相手方保険会社が醜状障害の部分の後遺障害逸失利益を完全に否定し、後遺障害慰謝料の増額も認めなかったことから、交通事故紛争処理センターでの斡旋手続きで解決を目指すことにしました。

そして、紛争処理センターでも、私たちが上記のようなSさんの仕事内容や仕事上での顔面部の傷痕の影響などを丁寧に説明した結果、紛争処理センターからは、逸失利益としての算定は否定されたものの、後遺障害慰謝料を裁判所基準の120%とする斡旋案が示されました。

この斡旋案には、相手方保険会社もすんなり同意したため、Sさんも受け入れることとして示談が成立しました。

5.まとめ

今回は、外貌醜状の後遺障害逸失利益について、Sさんの事例を基に解説しました。

私たちの経験上も、特に中高年男性の外貌醜状の後遺障害の場合は、逸失利益を認めさせるのは難しいというのが正直なところです。

ただ、今回のSさんのように慰謝料を増額して解決できる場合もありますし、外貌醜状と同時に醜状部分の痛みや痺れなどの神経症状も認定されている場合には(12級や14級の分として)神経症状部分の逸失利益を求めるということも考えられます。

このような交渉方法は、被害者ご自身では分からないことも多いと思いますので、一度詳しい弁護士にご相談されることをお勧めします。

私たち優誠法律事務所では、交通事故に関するご相談は初回無料でお受けしておりますので、是非ご相談ください。

よろしければ、関連記事もご覧ください。

後遺症の等級と慰謝料

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神経症状の後遺障害(12級13号・14級9号)の逸失利益~労働能力喪失期間の相場~

【速報】後遺障害等級認定事例(5) ~外貌醜状(顔面の醜状痕)~

投稿者プロフィール

 甘利禎康 弁護士

法律の問題は、一般の方にとって分かりにくいことも多いと思いますので、できる限り分かりやすい言葉でご説明することを心がけております。
長年交通事故案件に関わっており、多くの方からご依頼いただいてきましたので、その経験から皆様のお役に立つ情報を発信していきます。
■経歴
2005年3月 早稲田大学社会科学部卒業
2005年4月 信濃毎日新聞社入社
2009年3月 東北大学法科大学院修了
2010年12月 弁護士登録(ベリーベスト法律事務所にて勤務)
2021年3月 優誠法律事務所設立
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (出版社:日本実業出版社)

自賠責に因果関係を否定された同名半盲が、訴訟で認められた事例

2023-10-31

今回は、交通事故により同名半盲を負ってしまった方の高額解決事例をご紹介いたします。

同名半盲とは、両眼の視野の右半分または左半分が欠損する半盲症のうち、両眼同側が欠損するものをいいます。

右同名半盲の場合、右眼でも左眼でも、右側が見えなくなります。

今回ご紹介する被害者の方は、交通事故後、右同名半盲が発症してしまいました。

自賠責保険会社は、原因となるような交通事故による外傷性の異常所見が認められないことを理由に、相当因果関係を否定する判断をしましたが、訴訟提起をしたところ右同名半盲が認められるに至りました。

以下、同名半盲に関する基本的な説明を交えながら、事例をご紹介します。

1.同名半盲とは

前提として、視覚情報が脳に伝わる経路について解説します。

下の図をご覧ください。

視覚の情報は、網膜に投影された後、視神経→視交叉→視索→外側膝状体を経て脳に伝わります。

ここで重要なことは、両眼ともに左視野の情報は大脳の右半球に、右視野の情報は左半球に伝えられるということです。

それでは、視覚の伝達経路が損傷した場合、視野はどうなるのでしょうか。

下の図をご覧ください。

このように、損傷した部位によって、欠損する視野は異なります。

例えば、視交叉が損傷した場合は、右眼の右側半分と左眼の左側半分が見えなくなります(①)。右眼でも左眼でも耳側の半分が見えなくなることから、両耳側半盲と呼ばれています。

左右の視神経が損傷した場合、全盲となります(②)。

左側の視索が損傷した場合は、両眼の右側が見えなくなります(③)。

今回ご紹介する事例の被害者が負った右同名半盲の状態です。

2.自賠責保険会社による審査~本件事故と同名半盲との因果関係を否定~

交通事故によって同名半盲の後遺障害が残存した場合、後遺障害等級は自賠法施行令別表第二第9級3号に該当します。

等級障害の程度
9級3号両眼に半盲症、視野狭窄又は視野変状を残すもの

今回ご紹介する被害者(Aさん)は、交通事故後、右同名半盲が発症してしまいました。

治療を受けたものの右同名半盲が後遺障害として残ってしまったため、自賠責保険会社に対して後遺障害等級認定の申請を行いましたが、原因となるような交通事故による外傷性の異常所見が認められないことを理由に、相当因果関係を否定する判断をされました。

本件事故前はこのような症状がなかったために納得できなかったAさんは、自賠責保険会社に対して異議申立てをしたものの、結果が変わることはありませんでした。

そのため、右同名半盲についての適切な賠償を受けるため、やむを得ず民事訴訟を提起することになりました。

3.訴訟における相手方の主張

訴訟において、相手方代理人はAさんが右同名半盲の状態であることは認めたものの、MRI検査により左後頭葉の異常所見が認められないことを理由に、右同名半盲が本件事故の外傷を原因として発症したことを否定しました。

この点については、上述したとおり、自賠責保険会社も、交通事故による外傷性の異常所見が認められないことを理由に相当因果関係を否定しているところです。

また、相手方代理人は、頭部CTの画像所見を根拠に、過去に生じた脳梗塞に起因して右同名半盲が発症した可能性がある旨を主張しました。

つまり、Aさんの右同名半盲は、本件事故が原因ではなく、本件事故とは無関係の脳梗塞が原因だという趣旨です。

併せて、脳梗塞には、自覚症状がない無症候性脳梗塞も存在するとの指摘もなされました。

4.訴訟における当方の主張

右同名半盲と本件事故との因果関係については、自賠責保険会社からも相手方代理人からも否定されていることから、この点に関する証拠を確保することが重要でした。

その一環として、因果関係について診断・検査をしてくれる病院を探したところ、これに応じる姿勢の病院を見つけることができました。

同院にて、これまで受けていなかった様々な検査を経て、頭部打撲に起因した左視索障害による同名半盲であると考えられる旨の診断を受けるに至りました。

早速、訴訟手続において、これらの検査・診断結果を証拠として提出することにしました。

その他、訴訟手続において、当方からは、証拠を引用等した上で概ね以下の主張を展開しました。

・本件事故以前に右同名半盲の症状は存在せず、本件事故を契機に発生したものであるから、本件事故との相当因果関係があることは明らか。

・本件事故により、外傷くも膜下出血や右前頭部硬膜下血腫が生じる程の衝撃を頭部に受けており、意識障害も存在したのであるから、右同名半盲と本件事故との因果関係を肯定することは可能。

・視索障害による同名半盲の症例をまとめた21例報告によると、18例は脳腫瘍、1例は脱髄疾患、2例は頭部外傷を原因とするものであったが、相手方代理人が可能性を指摘する脳梗塞症例は0例であった。

・殊に脳については、現代の医学においても解明されていない事項が多く存在することは医師においても否定できない事柄であり、左視索に画像上異変がみられないとしても、それをもって因果関係が否定されるべきではない。

5.本件訴訟の結果~本件事故と同名半盲との因果関係を肯定~

双方からの主張が一段落した後、裁判所から、本件事故と同名半盲との因果関係があることを前提とした和解案が提示されるに至りました。

自賠法施行令別表第二第9級3号を前提とした1000万円を超える和解案です。

以上より、訴訟上の和解が成立して、訴訟事件は終結しました。

6.まとめ

自賠責保険会社においても、訴訟手続においても、後遺障害等級を審査するにあたっては、基本的には画像所見等の他覚的所見が重要となります。

そのため、今回ご紹介した事例のように、交通事故によって新たな症状が現れたとしても、他覚的所見が無い場合には、後遺障害等級に該当しない旨の判断がなされることがあり得るのです。

このような場合には、他覚的所見を補う証拠がないか模索することになります。

今回ご紹介した事例では、セカンドオピニオンに応じた病院を見つけることができました。

ここで重要となるのは、医師に対する医療照会兼回答書(質問と回答欄が一体となった書面)の作成です。

医師に書面で回答してほしい内容を、医師から的確に引き出すためには、医療照会兼回答書の内容が非常に重要となります。

ポイントを絞った照会書であれば、医師も答えやすく、またその答えが立証において有意義なものとなるためです。

後遺障害が残ってしまった場合、まずは自賠責保険会社に対する後遺障害等級認定の申請を行うことになるかと思いますが、可能であれば弁護士に依頼した方が良いものと思います。

当事務所では、自賠責保険会社に対する後遺障害等級の申請についても対応しております。

当事務所は全国からご相談いただいておりますので、お気軽にご相談ください。

投稿者プロフィール

 市川雅人 弁護士

これまで一般民事事件や刑事事件を中心に、数多くの案件を担当して参りました。
これらの経験を踏まえ、難しい法律問題について、時には具体例を交えながら、分かりやすい内容の記事を掲載させていただきます。
■経歴
2009年3月 明治大学法学部法律学科卒業
2011年3月 東北大学法科大学院修了
2014年1月 弁護士登録(都内上場企業・都内法律事務所にて勤務) 
2018年3月 ベリーベスト法律事務所入所
2022年6月 優誠法律事務所参画
■著書・論文
LIBRA2016年6月号掲載 近時の労働判例「東京地裁平成27年6月2日判決(KPIソリューションズ事件)」

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